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チベット問題の考察(2)文化の乖離の克服
2008年 04月 13日
前回記事で,「世界は中国とチベット双方にとって最も良い状態を一緒になって展望し,イメージする必要がある」と書いた.本稿ではいろんな齟齬や障害を考察し,それらを乗り越えるための具体的なイメージを描いてみたい.(決して世界がイメージを描いてそれを両者に押し付ける,ということではないので念のため.私の考察も一例に過ぎない事も念のため).
1.チベット独立について 前回の記事に書いたことをもう少し補充しておく.中国側が独立を100%認めないという推測の根拠は,次のようなことである. ・チベットに眠る資源など,膨大な経済的価値を見出している. ・独立を認めたら多民族の集合体である中国は瓦解すると心配している. ・米国やロシアなどの傘下に入るかもしれず,経済的のみならず地政学的にも脅威が出現する.(チベットは自立が困難な場合,どこかに頼る必要があるはず). チベット問題を考える際には,中国のこのような心配への配慮がきわめて重要である.配慮が無かったら解決は絶対に無理であり,何も考えないのと同じである. 幸いなことに,成田での会見やその他の機会での発言を見ると,ダライ・ラマ氏は独立を主張しているわけではないようだ.無論,本音かどうかはわからないものの,公式にそのように表明しているということは,その点で妥協する用意はある,ということである.あるいは,本当に独立してはやっていけない,と思っているのかもしれない.いずれにしてもこのこと(独立志向ではないこと)は解決のための大きな希望である【注1】. 2.中国人とチベット人の思いの乖離-文化の問題 チベット問題の解決が困難なのは,独立問題よりもこの問題の方がはるかに大きいと思われる.すなわち,文化の乖離である.これについて少し書いてみたい. 端的に言えば,中国人は経済的に豊かになりたがっている.一方,チベット人はプール付きの大きな邸宅に住むよりも,五体倒地の世界に没入したいのだ. また,民主主義的な選挙制度など,西欧型の市民としての権利の追求よりも,たとえ奴隷同様となっても生き仏様やそれに連なる宗教関連への尊崇のために生涯を捧げたいと願っているのだ. だから,この価値観について中国人との乖離はきわめて大きい.どうも,中国人たちは経済的に豊かになることが彼ら(チベット人たち)も幸せなのだ,という誤解が根強いようである.私の身近に上海出身の中国人がいるが,その人もそのことに気がついていて,目指すものが違っていることを嘆いていた.これは決して悪意ではないのであるが,チベット人にとってははなはだ迷惑なことなのだと思う. 3.『チベットに自由を!』の源流 チベット人たちが自由を抑圧されているという実態は,必ずしも我々には直ちに想像できていない.これはひょっとしたら,ある特定の実態ではなくて上のような価値観の相違から来ることなのではないだろうか.経済的な活動に精を出すより五体倒地でわが身を痛めつけたいのに,それが許されない,といったことなのかもしれない. こういうことであれば話し合うべきテーマがここで見えてくるではないか.ダライ・ラマ氏の要求の一つに,『多数の漢人の移住制限』というのがあったはずだ.これからは,北米大陸の西部開拓のように,経済開発でチベットを蹂躙されることを最も懸念しているということが窺える. したがって,中国政府とチベットが話し合うとすれば,この経済開発のやり方や規模についてであろう.中国はこれまでのような(恐らく)貪欲な経済開発ではなく,チベット側も何とか妥協できる程度の「節度ある」経済開発にダウンしなければならない.中国側も経済開発ゼロではとてもつらかろうから,その妥協点はどこかということであるが,当然パピヨンにはわからない.それを話合いで探り当てて欲しいのだ.世界は必要ならばその話合いの立会人となるべきである. 中国の経済への貪欲な態度を見ると,経済開発のスローダウンはとてもつらいこととなろうが,チベットに独立をしなくても良い,と思ってもらうためにはどうしても仕方のないことである.そうでなければいつの日か,チベットは独立ではなくとも大量の血とともに離脱してしまうだろう.そうならないためにもここはできる限りの中国側の譲歩が必要な場面である.チベット側にも宗教的な価値観の侵害のない限り,いくばくかの経済開発を容認することが求められる. 4.宗教の観点から 文化や価値観の乖離は,チベットと中国の場合,宗教に起因するものである.だから逆に言えば宗教的習慣や文化を尊重すれば,解決の糸口は掴めるのではないだろうか.経済的な価値の取り合いではないからだ.そしてその点を尊重されたら,独立かどうかはあまり問題にはならないのではないだろうか. それにしても我々から見ると,五体倒地は奇妙な風習である.しかし,考えてみると西欧型文明社会?でも,修道院へ入る尼僧がいたり新興宗教に一生を捧げたりする人も多いわけである.いわば,チベット全体が一つの巨大な修道院と考えれば不思議はないのかもしれない.そこは別世界であり,社会的な犯罪がない限り(例えば食人儀式や人間生贄など)介入は許されない【注2】. 最後に全く事情を知らない者のたわごととして書いておくが,チベット仏教の最も聖なるしかるべきエリアをバチカン市国のような治外法権区域として尊重するのはいかがなもんだろうなぁと思ったりしている. 【注1】 独立問題はとてもデリケートな問題であって,軽々には一般論では論じられない.例えば独立希望者が一人でもいたら尊重するかといえば,それはできない相談である.九州独立,琉球独立,アイヌ独立,ハワイ独立,などを叫んでもそれは無理と言うものだろう.しかし,強制的に併合された韓国・朝鮮の独立は当然の要求である.これらの間には一般論は成立しない. 北京五輪開会式の欠席をエラそうに決めたイギリスでさえこの難問を抱えているのだ.北アイルランドのみならず,スコットランドでさえ独立志向派がいると聞く.またスペインではカタルーニャ地方(バルセロナ近辺)の独立志向派も存在する.その他,ロシアやバルカン半島,など世界はたくさんの火種を抱えているが事情は千差万別であろう.イラク攻撃中止やイラク撤兵を求めるのと訳が違うのである. 独立問題をどのような哲学でどのように折り合いをつけるか,21世紀の世界の大きな宿題である. 【注2】 食人習慣などと書くと,チベット仏教をえらく蔑視しているようであるが,一般論として書いている.誤解を恐れずに言えば.チベット全体が,俗世間を捨てた尼僧達の集まる修道院,現代社会を捨てて密林での集団生活を選ぶ新興宗教団体とある点では同じである.宗教的な価値観が通俗的な市民生活よりも最優先するという点において.
by papillon9999
| 2008-04-13 16:34
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Comments(16)
1980年代後半にダライ・ラマが英国を訪問してチベット問題を訴えたとき,パラレルな実例としてアイルランド問題に言及しました.とたんに英国内では,ダライ・ラマはテロリストを支持していると,大ブーイングがおきました.ダライ・ラマとしては悪気はなかったのでしょうが,英国人のスネの傷に触れてしまったのでしょう.ちょうどIRAの評判が最悪の時期でもありました.
北アイルランドはスコットランドからの移住者とその子孫が人口の7割程度を占めていて,このためクリアカットな問題解決の道が見えません.ダライ・ラマが漢人の移住制限を求めることには合理的な根拠があると思います.
0
イギリスではそういうことがあったのですか.知りませんでした.逝きし世さんが書いておられたと思いますが,独立は新たな問題,新たな少数民族を抱える問題になる(ことが多い).
それ以上のことは私ごときは何も言うべきことは持っていませんが,『漢人の移住制限』は両者が折り合うのにぜひ必要なことのようですね.中国側はこれをぜひ考えてもらいたい.これが『節度ある経済開発』の一つの姿です.
逝きし世さん,『水からの伝言』騒動関連のブログ記事あれこれ(資料)の記事TBを戴きましたが,残念ながら返上申し上げなければなりません.
長い期間,お客人として拙ブログとお付き合いくださった縁,誼で申し上げますが,この件はもうこれ以上深入りされない方がご自身にとって良いことかと思います. 時にはとても役に立つコメントを戴いた者としてのこれはご忠告とお考えください.決して議論をしようというのではありません. 件の水騒動は,逝きし世さんが描かれたものとは全く違うように思っています.論理的に誠実な者と論理的に不誠実な者との葛藤だったと思っています.そういう点で私もたんぽぽ氏側に立つ人間でして,記事も書いています.それになによりも,HERIKUTSUなる日々氏の優れた記事,『「論理的でありたい」人と「共感性を重んじる」人の「議論」』がございます. 私のこの行き方は論理だけですべて割り切るということを意味しません.論理を超える何かが必要な場合もあると思っています.しかし,例の騒動はV氏側があまりにもお粗末で論理に不誠実であったということに過ぎません.これは解同云々であるかどうかに関係ない問題なのです.
ついでながら,解同とか極左とかいうレッテルが正しいかどうかは,これからの表に現れた言動に対処すれば済むことです.例えば共産党のイメージダウンを深謀して,ホメ殺しや巧妙な洗脳手段を使うときこそ,逝きし世さんの出番ではないですか?そういう時の為に疑いはこっそり隠しておくのが最上の策だと思います.参考になさってください.
念の為ですが,私はレッテルを貼っては考えておりません.以上,ご忠告でした. なお,議論はする気はありません.けれども,反論がおありだと推測しますので,1回だけなさってください.それに対する私の反反論は余程のことがない限りいたしません. ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
TBありがとうございます。
私もチベットについては取り上げようと思いつつ、いまだ取り上げられずにいます。もちろん、中国政府の圧政には反感を、チベット人たちの蜂起には共感の立場ですけれど、中国政府への非難を「人権」という言葉でもって行うことに躊躇いがあるのです。というのも、当のチベット人たちが「人権」を望んでいるのかどうなのか、はなはだ疑問だからです。 その点についてはpapillonさんも考慮されて記事を書かれておられますね。参考になります。私はもう少し考えてみます。
「中国政府への非難を「人権」という言葉でもって行うことに躊躇いがある」
これは全く同感です.そういうキーワードで条件反射的な反応をするというのはどうも危ない気がしています. キーワードに照らして何か判ったような気になって突き進む,凝り固まる,というのは,私の言う「フリーズ」,愚樵さんの仰る「知の暴走」ですよね.そういうことに陥らないようにと願っていますが・・・
>当のチベット人たちが「人権」を望んでいるのかどうなのか、
なかなか勇気あるご発言で。 確かに、ラマ統治時代のチベットは今以上に人権のない社会でしたし、今回の暴動でも民間人へ暴行をはたらいたことは間違いなさそうですから、お互い様ということになってしまいます。 それに、日本人でさえ、人権を理解していない人、人権クソくらえの人がいっぱいいますからね。 なぜ、今回、「民族自決権」じゃなくて「人権」になっているのかについては、「反戦塾」の方にも詳しく書かせてもらいましたが、 http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_bb96.html 要するに、今は米国による解放戦争の時代であり、「人権>民族自決権」というふうにご都合主義的に変えちゃってるからなんですね。 しかし、中国政府は人権を理解していないので、そこの点を突けないんですね。
チベットの人々の間では「人権」というものについて概念化がなされていないのかもしれません.そういう概念があって,現在それが欠けている,だから人権をよこせ,というのではないはずです.
そういう西欧市民型権利意識に基づいているのではなくて,「俺達の良いと思っている状態とは違う!」という素朴な情感なのかもしれないです. その違和感の原因が漢人の多数移住,過度の経済開発,等々であるのならその限度を決める主導権は自治区であるチベット側に与えるのが本筋でしょう.しかし,経済開発ゼロとなってはつらいでしょうから,話合いで妥協点を見出すべきなのでしょう.つまり,自治区である限りは,話合いとは中国側への救済手段と考えた方がいいかもしれません. 中国側はこれからもチベット区域を中国の一部としていきたいのならそのくらいの譲歩が必要なのだ(国際世論的に),と言えます. 記事本文よりもチベット寄りになりましたか?
逝きし世さん,
『インターネット上の印象操作と偽装工作』のそれから のTBを戴きましたが,これも残念ながら返上申し上げねばなりません.理由は以下の通りです. 端的に比喩で表現いたしますと, 『証拠不十分なのに死刑を宣告する凡才裁判官の判決文』 だと判断します.別のコメントでも申し上げましたが,断定するには動かぬ証拠が必要です. 『このような用語の用い方は解同の特徴だ』 なんていうのは証拠になりません.解同とか極左だとかいう断定の根拠となる『発言記録』を動かぬ証拠としてたくさん見せてください.それによって初めて読者はその断定が正しいか否か判定できます.そうでなければ判定できず,同調を求められても応じるわけにはいきません. 危険な方向に誘導,洗脳,等を試みた実態があるのですか?もしそれが現れた時が来るとすればその時こそ逝きし世さんの出番です!「お人よしのサヨク」達に警告を発してください. 今のようなやり方は狼少年と同じに思えます. なお,議論はする気はありませんが一回だけ反論をお待ちします.その後,削除の実行を最終的に決断します.
>「俺達の良いと思っている状態とは違う!」という素朴な情感なのかもしれないです.
滞在者、旅行者などの証言によると、ラマ僧たちと一般のチベット人の要求はどうも違うようです。 いつも前面に出てくるのはラマ僧たちですが、しかし、彼らの要求が何なのかは今ひとつ明確ではありません。ダライ・ラマの要求も抽象的ですしね。 たとえば、日本のマスコミは「宗教弾圧」と規定していますし、善光寺もそれに反応したようですが、ラマ教では政教分離の認識がないわけですから、おそらく、どこの国へ行っても彼らの要求は満たされないように思うのですよ。 日本政府もオウム教を取り締まりましたし、米国政府だってキリスト教カルトを取り締まっています。これらも取り締まられる側は「宗教弾圧」と規定していますが、もちろん、我々はそんな主張を認めないです。 ですから、ラマ僧たちの要求があくまでも一宗教団体として正当な要求であるのかどうかを判断する必要があります。
>パラレルな実例としてアイルランド問題に言及しました.
そういえば、アイルランド人やバスク人、香港、マカオ人、それに、アイヌ人や沖縄人の反応は紹介されませんね。 しかし、台湾の反応だけはきっちり紹介している。マスコミもなかなかやりますな(^^。
Runnerさん,貴重なコメントありがとう.どうもここら辺が核心部分のような気がしますね.
『ラマ僧たちと一般のチベット人の要求はどうも違うようです・・・・』 ほんとに何を要求しているのかはっきり伝わってこない,というのは私の怠慢ではないようですね. それから,カルトの認定.宗教の自由と紙一重ですね.ここら辺の微妙さを,本記事では『4.宗教的な観点から』に書いたつもりなんですが,仰るようにラマ僧たちの要求をじっくり確認する必要があると思います.
こんな記事も見つけました。
滞在外国人、および、旅行者の証言と一致する部分もあります。 http://sankei.jp.msn.com/world/china/080416/chn0804160146001-n1.htm
Runnerさん,ご紹介のサイト見てきました.どうやらラマ教の実態を我々は知る必要があるようですね.民衆の信仰心ではなくて,教団や教義,民衆との関係,等々についてブラックボックスの状態ですから.
別に干渉する意味ではないけど,中国とチベット,さてどちら?という判断を迫られるとすれば,判断材料として必要不可欠なものです. 中国共産党は,民衆が教団との関係において理不尽な状態に置かれていた(いる)ことに驚愕し,余計な?お節介を焼いたのかもしれないです.民衆は奴隷状態でもそれが当然と言うか不満を意識してはいなかったのに.これは大変微妙な問題ですね. これからは仰るように,チベット仏教ではなくラマ教と呼ぶべきでしょうね.仏教からラマ教という固有種に変貌した,ということを含意させるために. 再び中国寄りに戻ったかな?
逝きし世さん,次の新しい記事のTBを戴きました.私の4/19のコメントに対し,反論は書かれないものと判断します.従って当該記事はお知らせ通り削除させていただきました.
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