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アルバイシンの丘
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随想や意見,俳句(もどき)

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日本の原子力開発は核兵器を目指して始まった(4)
【原子力産業会議と財閥の復活】
 前回の記事で正力松太郎の活躍に触れたが,吉田著にはCIAの暗躍が詳しく描いてある.CIAが正力に接触したのは,読売新聞と日本テレビを使っての大々的な国民洗脳キャンペーンを開始するためであった.日本テレビの設立資金もCIAが援助したそうである.



正力は原子力平和利用としての原発導入を通して,三井,三菱,住友などの旧財閥企業を原子力産業へ誘導組織していった.年表で見ると次のようになる.(吉田著,藤田氏)

56年3月1日 財団法人原子力産業会議(原子力平和利用懇談会を改組)
55年10月11日 三菱原子力動力委員会(三菱電機,三菱造船,三菱商事等32社)
56年3月26日 東京原子力懇談会(日立,昭和電工等旧日産系16社)
56年4月15日 住友原子力委員会(住友機械,住友金属,日本電気等住友系14社)
56年6月18日 日本原子力事業会(東芝,石播,三井物産等三井系37社)
56年8月23日 第一原子力産業グループ(富士電機,川崎重工,古河電工等古河系25社)


このように,戦後解体された財閥は,原子力産業の必要性に基づき復活を遂げた.これはひとえに米国の都合による.すなわち,米国原子力産業の市場として日本を育成する必要があったからである.現代における各企業の行動様式を理解する上でもこの資料は役立つと思う.(パピヨン)
 吉田氏の著書では,この後の原子力動力炉の導入の歴史を細かく記述するが,専門的過ぎるのでここでは省く.しかし,この歴史は現在のもんじゅや六ヶ所村を理解する上できわめて重要である.
 59年3月の参院予算委員会で,岸首相は『防衛用小型核兵器は合憲』と答弁し,その前の57年5月7日,『自衛のためなら核武装できる』と発言している.このように,建前は平和利用推進であったが,常に横目で核兵器開発を夢見ていたことは明らかだろう.少なくとも企業側も含め権力側トップグループは暗黙かどうか知らないけど合意はあったに違いない.(パピヨン)

【原子力基本法】
 現在の各政党の原発へのスタンスを理解する上で参考になると思われるので,少しだけ触れておく.藤田氏によれば,55年の4党調査団派遣が重要な意味を持っている.55年8月のジュネーブで開催された国際原子力シンポジウムに,民主党の中曽根康弘,左派社会党の志村茂治,自由党の前田正男,右派社会党の松前重義の4党委員が送り込まれた.彼らは意気投合し,帰りの飛行機の中で超党派で原子力推進を誓った,この時掲げられた3つの方針:『超党派で推進,政争の圏外に置くこと』,『原子力基本法を制定』,『科学技術庁の設立』がその後の政策の基礎となった.労農党と共産党だけはここに参加してはいなかった.藤田氏は,このために正力らのキャンペーンの間,国会内外で国民的議論がほとんど行われず一気に進められてしまった,と指摘する.

【佐藤栄作とトリレンマ】
 池田内閣のあと,再びカルト系の佐藤栄作が政権に着く.佐藤は沖縄返還に自分の政治生命をかけると国民に約束した.しかし,そこには3つの重大な矛盾が存在した.それを藤田氏は”佐藤のトリレンマ”と名づける.このトリレンマを佐藤はなんと,密約で切り抜けるのである.トリレンマとは次のことである.
 (1)沖縄が日本に返還されると,本土並みの扱いで沖縄の核は存在できない(搬出される).しかし,それでは米軍が困る.沖縄は米軍にとってベトナムや中ソに対する要の役割を果たしており,米国はそれを認めるはずがない.
 (2)沖縄だけ核武装駐留を認めれば国内世論が許さない.
 (3)現在は米国の核(の傘)が必要である.しかし,中長期には米軍の撤退もありうるので自前で核武装したい.しかし,米国も国内世論もそれを認めることはありえない.

 
 72年,沖縄返還交渉は『核抜き本土並み』ということで決着する.しかし,実は密約があった.毎日新聞の西山太吉さんがすっぱ抜いたことで有名になった,あれである.本質は問われず,レベルの低い問題に摩り替えられ,とうとう最高裁でも有罪となった.しかし,密約は事実であった.その密約とは,
 『アメリカが有事と認めたときにはアメリカは自由に沖縄に核兵器を持ち込むことができる』
という趣旨のもの.こうして国民を欺くことにより,佐藤はトリレンマの(1)と(2)を解決した.

【目くらましの非核三原則】
 残る(3)について,佐藤自身は当然のごとく核武装をしたかったのだが,そして兄岸信介の核兵器保有合憲論を支持していたが,アメリカと国内世論を見て,時期尚早と判断した.それで,非核三原則を打ち出すのである.
 藤田氏より(趣旨)
 日本は非核国家として行くんだと打ち出すことによって,アメリカと国内世論を安心させた.佐藤は最初国会決議までしたくなかったが,社会党の強い圧力によって国会決議まですることになった.アメリカは非常に喜び,ノーベル平和賞に後押しした.
 この平和賞については,ノーベル賞委員会は,平和賞100年の歴史における最大の汚点である,と最近語ったそうである.(朝日新聞,2001年9月15日)
 ところで,この『非核三原則』は目くらましであった.実は非核三原則の下,さまざまな場において日本の核武装研究はひそかに進められてきたのである.その詳細はまた別の機会があればそのときにまとめたい.

 以上で,原子力開発は核兵器を目指して始まったということの紹介の目的は達したと思う.ここで記事をいったん終える.
by papillon9999 | 2007-08-25 23:36 | Comments(2)
Commented by 布引洋 at 2007-08-27 11:36 x
佐藤栄作は非核三原則によってノーベル平和賞をもらったのですよね。
確か記憶では散々な悪評で退陣し、直後に貰った。
沖縄返還も核抜きも胡散臭いと言われ出した頃で、ノーベル賞委員会の強烈な皮肉か悪い冗談、ブラックジョークとマスコミでも叩かれた。
非核三原則の一番の問題点は其の欺瞞性です。核を持たず造らず持ち込ませず。
一番大事な肝心の使わない、使わせないが入っていない。
佐藤三原則は使うのはいっこうにかまわない、違反ではない無いのです。
此の辺の三原則の欠陥を護憲派でも誤解している人が結構多い
Commented by papillon9999 at 2007-08-27 12:34
そうなんです!そして,『持ち込ませず』はありますが,『自ら持ち込む』ことはできます.『持たず』に抵触しないように『借りて持ち込む』とよいわけです.そして『使う』ことができます.
尤も,最初からここまで意図したわけではないでしょうけど.
それに加えて,表向き安心させておいて隠れて核開発を行う,という二重の欺瞞です.
お恥ずかしいことに,実は藤田氏の指摘で初めて気づいた次第です.
最近,どこかで『核兵器を買う』とか『借りる』とかいう動きのあることを見たような気がしますが,どうなんでしょう.
佐藤はベトナム戦争積極支持で,最後は散々だったと思います.いつの時代にも史上最悪の首相が次々に出てきますね.中曽根,小泉,安倍・・これから誰が最悪になるやら・・・トホホです.