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アルバイシンの丘
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随想や意見,俳句(もどき)

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日本の原子力開発は核兵器を目指して始まった(2)
 前回の記事に戴いたコメントでわかったのだが,私が危惧したこと=このシリーズ記事の内容が”たいていの人は知っている話”の類,ではないようである.
 吉田氏の著書には米国内の動きも詳しく書いてある.それを必要に応じて取り込みながら,わが国における原子力開発思想の流れを追っていく.



【科学技術庁の立ち上げ前夜】
 まず,科学技術庁の設立趣旨・由来から書くのがわかりやすいだろう.設立は1956年.この設立に向けて数年前から動きが表に出て来だした.52年の独立前後の頃,自由党の前田正男なる人物が論文を発表する.タイトルは「科学技術庁行政機構の確立」.その構想趣旨はアメリカを参考にしていて,国防省の中の科学技術振興院をモデルにしていた.その科学技術振興院は,軍事研究に関して政府所属の研究及び委託研究の大綱を統制し,全体の有効利用を図る機関であった.
 前田は,科学技術庁所管の研究所の目的を学術会議(49年設立)に説明し,協力を要請した.その中身は,『原子力兵器を含む科学兵器の研究,原子動力の研究,航空機の研究』ということであった.ここにすでに原子力兵器の文言が見える.原子力兵器とともに.原子動力というのも存在するが,これは民生用原子力発電を意味しているのか私(パピヨン)には不明である.しかし,原発を意味するのであれば,『原子力エネルギー』という表現になるはずだと思うので,私は空母や潜水艦などにおける動力の原子力化を意味していると思う.そして,航空機というのも民間機の開発では無論なく,軍事用であることは明らかである.
 これらの構想は,動力炉・核燃料開発事業団(動燃)と宇宙開発事業団となって現実化した.最初の『原子力兵器の研究』を行うところは何という機関になったのかはメモが残っておらず,今不明であり,問い合わせ中(パピヨンは,日本原子力研究所だと思うが).

【中曽根原子力予算】
 科学技術庁設立構想が現実と化していく中で,54年3月3日,科学技術振興予算が通過.これは原子炉製造予算として3億3500万円が充てられたものである.予算委員が当時改進党の中曽根康弘だったので,中曽根原子力予算と呼ばれるようになった.
 この予算要求の趣旨説明の冒頭に中曽根(?だと思うが)は次のように述べる.

 「原子力兵器を理解し,これを使用する能力を獲得するために原子炉を製造し,青少年を訓練することがこの予算の目的である」

 当時はむしろ大らかだったのかもしれない.何と正直なんだろう.核兵器の真の恐ろしさはまだ実感には至っていなかったのだろうか.この時のアメリカの態度はどのようなものであったか,残念ながらメモには残っていない.しかし,原子力兵器への志向を理由に米国が真剣に制止に動いた形跡はないようである.理屈は何でもいいから予算を通すことが重要であったろう.早く日本を米国の原子力軍事戦略【注1】のコマとすべく成長させたいのだ.理屈は大目に見たかタカをくくったのか,いずれかであろう.ところがこの直前,実は大事件が起こっていた.ビキニ事件【注2】である.あるいはこれも影響したのかもしれない.早く通さないと原子力予算そのものが消滅する恐れがあった.(この段落,パピヨンの想像)

【ビキニ被爆事件と逆手に取った名戦略】
 3月3日に予算案が通過したのであるが,実はその直前,大事件が勃発していた.3月1日,あの有名な第5福竜丸の『死の灰』事件である.

 吉田氏の著書より
「ニュールック戦略の下,水爆実験シリーズが54年3月1日から始まり,その水爆実験により,ビキニ環礁の実験立ち入り禁止区域外で操業していた・・第5福竜丸が被災した.」

 藤田氏は言う
『このビキニ事件によって日本人は初めて核の本質を正しく認識したといえる.ヒロシマ・ナガサキ・ビキニが一つのものとして捉えられた.』


 ビキニ死の灰事件の所為で,戦後最大の反核運動が起こり,同時にそれは反米運動へと発展して行った.連日の反核・反米デモに日米両政府は危機感を覚えたが,これはそのまま核兵器開発が公にはできなくなったことを意味する.しかし,彼らは反核・反米を一気に引っくり返す名戦略を編み出すのだ.
 それは原子力の平和利用キャンペーンであった.

 『核兵器は絶対悪であるが,原子力そのものには罪はなく,平和利用はすばらしいことなのだ』

という趣旨の一大キャンペーンを始めるのである.このキャンペーンを担ったのが読売新聞であり,日本テレビはこのキャンペーンのために作られたのである.そしてそれを指揮したのが正力松太郎である.正力は,『資源のない日本に原子力を導入し,エネルギーを豊富にして共産化を防ぎたい』 として全力で事に当たった.正力をこのように動かしたのはCIAであり,時の長官,アレン・ダレスである.このあたりの吉田氏の記述は迫力がある.ぜひ一読を薦めたい.

次回は岸,佐藤の核戦略構想から今日までの流れです.

【注1】 吉田氏の本に詳しい.記事にする機会があるかもしれない.
【注2】 団塊の世代が物心ついたころだったので,久保山愛吉さんが死の灰を浴びて亡くなったことはその世代にかなりの恐怖感を残したことと思う.ところが,死の灰を浴びたのは第5福竜丸だけではないのだ.実は延べ1000隻を超え,被曝者も2万人を超える,という(吉田氏前掲著).パピヨンはこの事実も知らないでいた.このとき,政府は米国と汚い取引をしている.再度広く知らしめるべきことである.
【注3】  再度お断りしておくが,このシリーズは,元慶応大学助教授・藤田祐幸氏の話と,相模女子大名誉教授・吉田義久著:「アメリカの核支配と日本の核武装」(編集工房 朔:出版)の紹介である.私が原資料に当たって確認したわけではないことをご留意ください.それぞれの中で出展は明確に記してあると思う.
by papillon9999 | 2007-08-18 16:06 | Comments(3)
Commented by 布引洋 at 2007-08-21 14:47 x
今1バーレル70ドル以上する原油価格が当時は2~3ドルの超低価格だったはずです。
火力発電に比べ大幅に割高な原子力発電を推進したのが日本側なのかアメリカ側なのか、其れとも両者が共謀関係に有ったのか。?これからの解明が待たれる。
Commented by papillon9999 at 2007-08-21 21:26
それは共謀関係にあったといえます.ただし,思っていることは違った.同床異夢?わが国のトップたちは発電よりも核兵器への転用,電力会社などの技術者は発電そのもの,米国は原子力関連産業の儲けですね.それに加えて,核兵器に転用しないように監視です.
Commented by papillon9999 at 2013-10-25 18:31
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