最近の10記事
最新のコメント
最新のトラックバック
カテゴリ
最近の記事 ついーと 放射能・原発問題 憲法問題 犯罪・死刑・光市事件 9.11陰謀説 靖国問題 社会問題 政治・政局政局問題 官僚論 小沢一郎関係 私の感性と思想 韓国 俳句 紀行 宗教 よそ様でのコメント集 文化・論 酩格言コピー 身辺雑記 TB歴のあるブログ コメント集(非公開) 書きかけ(非公開) 写真集(非公開) 済み 以前の記事
2021年 07月 2021年 04月 2018年 12月 2018年 06月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 more... その他のジャンル
Stop the 原発ファシズム Stop the 官僚ファシズム Stop the 軍産ファシズム Stop the 経済成長至上主義 Stop the 弱肉強食システム |
いじめ自殺問題の本質(1)
2006年 10月 18日
いじめを原因とする痛ましい自殺事件について,いろんな所で議論がなされているが,私ごときがここで少しぐらい考察しても何の役にも立たないことはわかっている.しかし,その議論の方向がどうも気に入らない.なんか本質からずれていくような気がしてならない.「本質」とはおこがましいが,議論の行方について私なりの疑問を問いかけたい.
いじめ自殺事件はここんとこしばらく鳴りを潜めていたような印象を持っているのだが,一度生じると相次いで起きてしまう.どうも,この種の事件はそういう特質を持っているようだ.ひょっとしたらまだ数件は立て続けに生じるかも知れないという強い危惧を抱いている. こういう事件に対する方策として,大方の議論の方向は 『自殺の原因となったいじめをなぜ防げなかったのか』 に集中しているように思える.そこから教師と学校と校長と教育委員会への批判が出てくる.つまり,彼らへの批判は A 『なぜいじめを防げなかったのか』 なのである.私はこの批判の方向からは不毛の対策しか出てこないと思うのだ.私は B 『なぜ自殺を防げなかったのか』 でなければならないと思う.AとBは一見,とても似ているし,あるいは同じではないか,という人もいるかもしれない.しかし,実際は全く違う.なぜなら,いじめられても自殺はしない人が大部分であるからだ.そしていじめはなくならないのに対し,自殺は防げるのだ. 教育をいくらいじっても,いじめはなくならない.よく考えよう.いじめは一種の犯罪といってもよい(いわなくてもいいが).とすれば犯罪は根絶できるか,を考えてみればいい.いじめがなくならないのは世の犯罪がなくならないのと同じだ(または似ている).いじめの根絶の方法はない.だって,大人の世界だって種々のいじめが満ちている.国鉄然り,会社のリストラ然り.そういう時の会社の冷たさ,残る社員達の意地悪さを私は知っている.いじめをなくす方法を考えるより,そういうことを前提として社会のシステムを設計することのほうが重要だし実効的なはずだ. こういう不毛な方向で批判を進めると,あるブログのように,『いじめをなくせるなら教育基本法を改正してもよい』とか,『道徳でいじめをなくすよう教育する』などのとても的外れなおかしな教育論が出てくる.さらには権力側からの教員攻撃という便乗を許してしまうことになる. 繰り返すが,教育をいくらいじってもいじめはなくならないと思った方がよい.我々はBの立場に立って,如何に自殺を防ぐかを考えなくてはならない.この立場に立つと,教育現場での保身主義者達が必死で『いじめの存在』を隠す必要はなくなるのだ.そうするといかに保身主義教師でも,『自殺を防ぐため』に気を遣うようになるのではないだろうか.いじめの加害者は大抵多数であるのに対し,被害者は普通は一人だ.その一人の命をしっかり守ってやればよいのだ. ここでいったん切って,次にBの立場で考察を進めたい.念のため書いておくが,以上の議論は,教師や生徒や校長や教育委員会などへの批判はしなくてよい,と言ってるのではない. こういういじめ自殺事件の出演者達は大いに批判されるべきであるが,その批判の方向がおかしいという意味である.
by papillon9999
| 2006-10-18 19:19
|
Comments(2)
マスコミが変な方向に向かっている時にこの様なグログ記事は貴重です。
子供の自殺は悲惨ですが教師や学校の責任を追及すれば良いでは済まされません。 マスコミはこの方向で世論を誘導しようとしています。たぶん担任教師や学校の責任追及と厳罰化です。 世に倦む日々では担任教師の業務上過失致死罪適用をアジっています。このブログは日本のB層とマスコミ傾向を知る上では貴重ですね。
0
布引洋さま 世に倦む・・・さんは結局は『俗情』だけで物を言っているのでしょうね.それを見事な論理構成で纏め上げる.しかし,往々にしてその論理がとんでもない結論に導くことがあります.それで,このタイプの人は(この人自身がという意味ではなく)本人の自覚無しに?転向することがよくあるような気がします.(田原何某もそうかな?)
|

