アルバイシンの丘
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随想や意見,俳句(もどき)

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なんというか,愚友の死
 あれほど参列者の少ない葬儀は初めてだった。親族以外には8名,そして親族席には妻と子と兄弟姉妹,その連れ合いで11・2名ほど,合計20名弱の葬儀だった。ああ,それからお坊さんがもちろん一人いて,式場係員が3・4名ほど。如何にもあの男らしい,ぶっきらぼうな葬儀だった。
 そしてもう一つ,葬儀で初めてのことがあった。それは・・・



それは死に顔。あんなカッコイイ死に顔はほんっとに初めて見たのだ。健康な頃はむしろ眼がらんらんとした浅黒い精悍な狸系の顔だった。だが,肺癌に冒されてからは頬が殺げ,渋みが増していた。だから顔の変化には驚きはしなかったが,しかしその死に顔は感動的にかっこよかったのである。

 普通,死に顔は生気が無いのは無論,精気を感じることができない。口元が弛緩したり,どこか緩んでいるのである。しかし,あの死に顔は違った。精気を感じる渋さを湛えていたのである。そう,それをぜひ読者にお伝えしたいのだ。

 どのようにかっこよかったか,どう表現すれば伝わるだろうか。映画の役者で譬えてみよう。ハリウッドでいえば,あのオマー・シャリフ!死に顔にも鼻の下に少し口ひげを蓄えていた。それがまさにずばり!

 日本でいえばだれだろう?仲代達矢!もしくは高橋幸治!彼らの演じる織田信長が口ひげをたくわえ,静かに眼を閉じて瞑想している場面を想像してみたまえ。まさにあれだ!

 喩えの3人が互いに似ているわけではないが,どれにも合うのだ。あれは”渋み”と表現してもたりぬ。じんと奥底で効いている数百年の味噌の隠し味。えもいわれぬ味を醸して誇り高く死んでおった・・・こんな拙い表現じゃまだまだその雰囲気を感じ取ってもらえないだろうな・・・
 その信長が一筋の煙と共にこの世から消えて行った。

 彼を親友と呼んでも良いのだが,ありきたりだし,かといってよく出て来る悪友というのでもない。別に女遊びなど悪いことを一緒にして廻ったということもないからだ。複雑な苦吟の末,”愚友”という新語を彼に奉ることとした。”愚妻”のノリだが,謙遜ではなく,生き方が”愚”だったのだ。それはお互いともにだったが。

 そういう男がいて,その男が死んだのは11月の初めごろのこと。葬儀のために九州へ行った。貧乏なパピヨンにとってはとても痛い出費であったが,愚友の葬儀とあらば致し方ない。”愚妻”も割合,すんなりと認めてくれた。

 まあ,生い立ちを書き遺しておこう。興味ある人だけどうぞ。

 中学からの同級生で,同じ高校へ進んだが同じクラスになったことはない。それなのに,その後今日まで,住む場所こそ遠く離れていたものの,意識としてはなんとなくずっと常に傍に存在していた。

 中学時代のうちに,相撲をやった。神社の境内にあった土俵の上である。勝負は負けた。それも屈辱の”寄り切り”で。残念ながら体力では少し負けていた。中学では不良グループに睨みを利かせるポジションだった。
 高校では彼はバスケ。しかしバスケにしては背が低い方だったのでスーパーサブ止まり。

 彼の家は農業で,大学進学は主に学費の理由から潔く断念した。学力は医歯薬理工系のクラスでかなりの程度の成績はあったのだが,こういう点では悠然と運命を受入れる。最も彼らしいところだ。進学したパピヨンと大工の弟子入りした彼,と高校卒業後大きく道は分かれた。
 ところが,一本気で短気な男だったので仕事が長続きしなかった。”愚”の所以である。その後は転々と職を変わり,住む場所も福岡,大阪,名古屋,越谷,船橋と変わって行った。10年ほど前に九州へ還ったが,故郷とは少し違った町に戻った。奥方の実家の関係。
 だから故郷の町在住の高校同期生が3名駆けつけてくれて,参列者の数を増やす貴重な供給源となった。

 パピヨンは彼の移動したすべての町に,彼を訪問している。遊びと言えばパチンコと赤ちょうちん,都会では競馬。歌は英語ポップス系はだめで,演歌系だった。パピヨンとは逆だった。
 パチンコは手で玉を込める時代,彼から教わった。そのお陰で,チューリップが開いて玉が一度にどっと入ってまたチューリップが開く,というとても嬉しい場面を何度も夢で見ることができた。
 競馬では大阪,京都,名古屋,渋谷,後楽園,浅草の場外売り場には全部案内してもらった。競馬場は小倉,府中,中山。
 酒はパピヨンの方が強かったが,酒場での話題と言えば中学高校のことや近況,パピヨンの仕事(への激励)など。自分が大学へ行かなかったことの愚痴は一回もこぼしたことがない。

 肺癌になってからは一度だけ会ったきりだった。昨年のこと。肺癌をタバコでやっつける人体実験を悠然と試みておった。これも”愚”の一例。

 あまり恵まれない仕事ばかりしていたが,とても感じの良い息子と娘をこの世に残してさっさと逝ってしまった。
 そうさ,あと20年,待ってくれ。その後は永遠なんだから,そのぐらいいいだろ?
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by papillon9999 | 2011-11-07 22:19