アルバイシンの丘
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随想や意見,俳句(もどき)

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光市母子殺人事件(2)弁護方針の疑問
 今回の再審も実に不毛な裁判であったと書いたが,これは死刑判決が出たこととは関係がない.充実した中身のある審理が行われたかどうかという観点からの話である.そういう充実した審理の結果の死刑判決ならば,死刑の賛否は別として裁判自体には後世に伝えるに堪える思想的な厚みが産まれたはずなのだ.



 ところがこの裁判ではそれが十分ではなかった.その責任の大きな部分が弁護側にあったと思われる.この記事ではそのことについて書く.
 思想的な厚みとは次のようなことである.例えば,被告の育った環境を論点にすれば,育った環境が犯行にどのように影響していったのか,環境の責任をどの程度斟酌すべきか,というようなことで深い考察がなされるはずである.するとそれらは社会へフィードバックされて次の犯罪を防止する力となるだろう.それを反映した判決の方がそうでない判決より結果は同じとしても社会へのメッセージ力には格段の差が出るはずだ.

 おこがましくも書いてしまうが,私は今回の再審では弁護団の弁護方針をずっと疑問に思ってきた.限りなく批判に近い疑問である(刑事弁護の限界安田弁護士の人権感覚).

 今回の弁護方針で際立ったことは,被告の荒唐無稽な(と裁判長によって断罪された)事情説明,ないしは言い訳をそのまま弁護団が主張し,事実認定の線で争ったことである.それは強姦目的と殺意の否認という主張であり,法医学的な論点を含み,差し戻し前の一審・二審とは全く異なるものとなった.【注1】
 この弁護方針は全く間違っていたと思う.判決要旨には次のようにある(ヤフー記事から採った.時事通信だったと思う)

====================
 1、被告は差し戻し控訴審で、犯行に至る経緯、殺害態様、犯意などについて供述を一変させたが、新供述は信用できない。
 1、被告は自分の犯した罪の深刻さと向き合うことを放棄し、死刑を免れようと懸命になっているだけと評するほかない。
 1、むしろ、被告が虚偽の弁解をするなどしたことにより、死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情を見いだすすべもなくなったと言わざるをえない。
 1、被告の罪責は重大であり、被告のため酌量すべき諸事情を最大限考慮しても、極刑はやむを得ない。
======================


 要するに,裁判長からは荒唐無稽として件の主張は一蹴されているのである【注2】.このような主張に賭けるということ自体,無謀という謗りは免れないだろうし,なんとももったいないことでもあった.貴重な機会をみすみす逃したことになるからだ.これは飛んだ見込み違いだったのではないか.【注3】むしろ逆効果になった可能性もあるが,酷いのでこれ以上の言及は控えておく.
 弁護側は正攻法にかけるべきだった(私ごときがおこがましいが書かせてもらう.ずっと疑問に思ってきたからだ).正攻法とはやはり正面からの量刑不当の主張である.その根拠には事欠かないはずだ.そう,
 (1)未成年,特に18歳を過ぎてわずかの時の犯行であること,(死刑が如何に残酷な刑であるか,それを未成年に適用するのはさらにどれほど残酷か,について訴えるべきであった.必ずしも一般的な死刑廃止論を展開する必要はない.)
 (2)健全に成長するにはあまりにも過酷な体験・環境であったこと(環境のせいにするのは私は反対であるが,俗情に大いに訴えることができる),
 (3)被告が最初の頃からどれだけ反省の度合いを強めたか,
等々,諄々と訴えるべきだったろう.これらはいずれも,今後国民全体で豊かな思想的基盤を共有しなければならないテーマである.弁護団はせっかくの機会を活かせなかったことになる.
 
 ある人から聞いた話.ある刑事被告の弁護士が,無罪を勝ち取るのに有利なように被告に「精神鑑定」を勧めた処,その被告は断固として拒否したという話があるそうである.その理由は,俺はちゃんとした判断能力がある,ということだった.こういう場合,被告はモノ扱いされていると言ってもいい.
 ここには非常にデリケートな問題があるように思う.どんな手段を使っても無罪にしようということは,それは被告への最大の奉仕であるが,他面から見ると被告のプライド・矜持を無視したとんでもない侮辱でもある.
 今回の場合もそういうものがなかったか,大変気にかかるところである.もしチョウチョ結びが赤ん坊をあやすためのものでなかったら,それを言わされた被告は弁護団によってホントに侮辱されたことになる(被害者が最大の被害者となる.二重被害!).真相はどちらか知らない.しかしとにかく裁判では,チョウチョ結びは絞め殺すためにやられたものだと認定されたのである.

 人権感覚というものはホントに微妙なところに思いがけず現れてくる(いる). 

【注1】 ドラエモンとか魔界転生などの「荒唐無稽な」供述は旧審以来なされていた,というコメントを戴いたことがある.そういう主張を旧審の弁護士は弁護作戦上,採り上げてくれなかったというのである.事実はどうであったか私が断定できるはずはないが,もしそうであれば弁護団はその発言の記録などの証拠を公表すべきだろう.すくなくとも公式の報道では殆ど眼にすることはなかった.報道メディアの姿勢の問題だというのなら,いつでも記者会見してそれを強調することは可能だっただろう.

【注2】 判決文では,件の主張をただ荒唐無稽として大括りにして切り捨てたわけではなく,切り捨てた理由も一つ一つ書いてある.例えば,魔界転生の話にしても,男女の演じる意味が全く異なっていることを指摘している.被告の弁明では死姦は女性を生き返らせようとする儀式だが,小説では瀕死の男性が生き返るためのものである.このような男女の意味を無視した連想は,あり得ないとはいわないが信憑性はかなり低そうに思われる.

【注3】 今枝弁護士が解任された時に,この弁護方針に異を唱えたからではないか,と私は睨んでいてコメント欄に記したこともある.最近,その想像が的外れでなかったことを知った.
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by papillon9999 | 2008-04-23 23:22 | Trackback(6) | Comments(9)
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Commented at 2008-04-24 19:28
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by Runner at 2008-04-28 00:32 x
>弁護側は正攻法にかけるべきだった

全く同感です。
未成年者の罰が軽いのは、環境への抵抗力が弱いからでしょう。
だったら、被告の育った環境の粗悪さをもっと主張すべきだった。
親に虐待されたことをちらっと言ったようですが、もっと、強調すべきでしょうね。米国の弁護士だったら絶対にそこにポイントを置きますよ。
また、過去の判例との比較ももっと主張すべきだったでしょうね。
最初の判決の時は、茨城の医師が妻子3人を殺したのに死刑になっていないことをテレビ弁護士たちはよく比較していましたが、その後、そういう比較をまったく行わなくなりました。

て、全然、死刑論議へ話が行かなくてすみません(^^;。
Commented by papillon9999 at 2008-04-28 11:50
弁護士も被告の言い分をそのまま垂れ流すのではなく,自分でも咀嚼すべきでしょう.今回はどうも被告がちょっとだけほのめかした荒唐無稽な言い訳に飛びついて,あえて拡大・脚色して言わせた節があります.
(旧審時からドラエモンなどの発言はあった,というコメントをもらったことがありますが,発言記録には残されていないようです,これは正式な主張ではなかった,つまり殺意の否認の意味で発言したのではなかった,と思われます.それを今回は殺意や強姦の否認にまで拡張して使おうとしたのではないかと,これは邪推ですが思っています)
もし当たっていれば言語道断の弁護士です.当たっていなければ済みません.邪推ですので自己責任でご判断ください.
Commented by Runner at 2008-04-29 13:34 x
では、死刑論議を。
以前、お玉おばさんのところでも書いたのですが、日本はキリスト教社会ではないので、死刑廃止のベースが希薄であり、この状況ではまず「死刑について考える」ということから始めねばなりません。
「どうも、死刑に反対する方が進歩的なようだ。俺は進歩主義者だ。だから、死刑にも反対だ」というような死刑廃止運動では、到底、訴求力はないです。反発を招くだけです。
その意味で、こちらのブログ主さんの姿勢は評価できると思いますし、説得力もあると思います。
私は「考えないで死刑廃止を唱える人」よりも、「考えて死刑存続を唱える人」の方が実は死刑廃止論者に近いのではないかと思っています。
ご存知かも知れませんが、亀井静香議員の死刑廃止論なんかの方が、左翼の論よりも説得力があると思います。

http://homepage2.nifty.com/shihai/message/message_kamei.html
Commented by papillon9999 at 2008-04-29 14:08
貴重なコメントいただき深く感謝いたします。
「どうも、死刑に反対する方が進歩的なようだ。俺は進歩主義者だ。だから、死刑にも反対だ」
これこそ私が『安易な死刑廃止論』としか表現できなかった内容でした。具体化して頂いてとても助かります。
『というような死刑廃止運動では、到底、訴求力はないです』
『「考えないで死刑廃止を唱える人」よりも、「考えて死刑存続を唱える人」の方が実は死刑廃止論者に近い』
これらもまったくそのとおりと思います。
それから亀井静香さんの意見を見ました。以前は別のを見た記憶があります。おこがましいですが、
『生ける者を慈しむ心のあふれた国はいかなる極悪人に対してもその生を慈しむだろう,それがひいては凶悪犯罪の減少となってきっと還ってくるに違いない』
というステージに到達しておられますね。ずっと以前からそうだった、という所に深く敬意を表したいです。
Commented by Runner at 2008-05-01 00:17 x
左翼の死刑反対派の場合、「左翼だから死刑に反対」の可能性が高く、左翼でいるうちは死刑に反対し続けるでしょうが、左翼をやめたとたんに死刑反対もやめちゃう可能性が高いと思います。いわゆる「イデオロギー的思考」ってやつですね。これでは思想とは呼べません。
一方、亀井議員の場合は警察官僚だった人ですから、その文章からも試行錯誤を感じ取れます。こういう人の主張はなかなかブレないように思うのですよ。

そもそも、死刑問題というのは哲学問題です。考えずに答えを出せるような問題じゃありません。
その意味で、考えずに死刑賛成と言う人も、考えずに死刑反対と言う人も、同様に不謹慎きわまりないと私は思っています。
Commented by papillon9999 at 2008-05-01 11:49
『左翼をやめたとたんに死刑反対もやめちゃう』
『考えずに死刑賛成と言う人も、考えずに死刑反対と言う人も、同様に不謹慎きわまりない』
いずれも激しく同意できますねぇ!要するにしっかりした哲学に基盤を置いたものでないと底が浅いわけですね.説得力がなく却って反発を招くだけに終わります.
Commented by Runner at 2008-05-05 22:08 x
個別の問題を無理矢理連座させて処理しようというのがイデオロギー思考というものですが、要するに、横着なだけですよ。

さて、キリスト教のベースがないといっても、オカルト的なことではなく、あくまでもキリストの哲学面の話なので、日本でも可能性はあると思います。
たとえば、かの酒鬼薔薇少年に対して、映画監督の大島渚さんがこんな発言をしていました。

「わずか14歳にして、こんな人間になってしまって、この子がかわいそうだ」

私はこれを聞いてハッとしました。
このように「犯罪者をあわれに思う」という憐憫の情は永山事件の頃の日本人は持っていたはずですが、知らない間に消えています。
「犯罪は憎むが、犯罪者はあわれむ」
この姿勢はキリストの哲学とも通じるものがあると思いますし、こういう姿勢で犯罪者に接しないことには、犯罪者の心に入ることができず、いつまで経っても懺悔させられないように思います。
そう考えると、現代日本人は昔よりも死刑廃止に遠いところにいるのかも知れません。
Commented by papillon9999 at 2008-05-06 07:54
Runnerさん
この世に犯罪がまったく無くなる、という時代・社会はおそらく実現しないのではないでしょうか。多様性の原理というか、不幸にして犯罪に至る巡り合わせもいろんな組み合わせの中の一つとしてありえるはずですね。
これは好き嫌いや善悪の価値観を超えて自然現象としてあるのだと思えます。そういう可能性も包含して建設された社会は犯罪の未然防止機能が優れたものになると信じたいです。大島さんの態度とかキリスト教の人類愛のイメージとも通じていると思います。