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『法隆寺の謎を解く』の謎を解く(3)
3.中門の謎
 (1)梅原説
 梅原氏の思想は柳田・折口民俗学の強い影響が見られ,『新しい政治的勝者は滅ぼした前時代の支配者を恭しく神と祭り,その霊の鎮魂を行う』という“大仮説”をその根本に据える.梅原氏が自身の『法隆寺は太子の鎮魂の願いを込めた寺,怨霊が封じ込められた寺』という“仮説”を発想したのは,法隆寺の資材帳を見ていて,大仮説の言う『霊の鎮魂らしき行為』を発見したからである(隠された十字架p.3).この発想で見ていくと長い間謎とされていた法隆寺の秘密が一気にとける思いであった,そうだ.



 その法隆寺の謎とは七不思議の形でまとめられ(石田茂作氏による),その第一番目にこの中門の謎がある.梅原氏はこれとは別に七不思議にまとめ,その第一に日本書紀に法隆寺建立に関する記述がないこと,第二に法隆寺資材帳にも再建立の記事がないこと,そして第三に中門の謎を挙げる.建物に関する謎の第一である.
 従って,梅原氏にとっては先に『仮説』の発想があったから中門の謎が解けた,という順序になる.中門の謎はそういう位置づけに過ぎないのだが,中門の謎の解釈が間違っていたとすれば(例えば文献が新たに発見されて,中門のど真ん中に柱がある理由として取るに足りないものが書かれたりしていたら)いろんな論理構成が俄かに色褪せるような象徴的な意味を持つことは確かだ.ただし,それでも梅原氏の論理構成はそれとは独立に成り立つものではあるとは思う(中門以外の部分).
 まずその謎を改めて書いておこう.

    『なぜ法隆寺の中門はそのど真ん中に柱があるのか』

法隆寺の中門は5本の柱,つまり柱間が4間あり,真ん中の柱の両側は扉,その外側には仁王像が立っている.ところが,すべての寺社の柱間の数は3間とか5間という奇数で,中央は人が通りやすいように柱はなく広い正面を形作るのである.なぜ法隆寺の中門はど真ん中に柱があるのだろうか.柱をど真ん中に来るように作った目的があるはずだ.ど真ん中の柱の意味するものは何か.というようなことが中門の謎である.後述するがこの謎は大昔から謎であったらしいことも留意しておこう.
 梅原氏は上に挙げた仮説を適用して,「ど真ん中の柱は人が入るのを邪魔するものではなくて,寺の中におわす『霊』が外に出て来れないようにするマジナイではないか」,という発想にたどり着く.これを論証するためにさまざまな文献や資料を基に論理の限りを尽くすのだ.それを私なりにまとめてみよう.

 (1)偶数の間となる作り(偶数性の原理)は再建法隆寺において中門だけではない.講堂が6間,金堂の2階のみ4間,五重塔の最上層が2間となっている.特に金堂では1階が外陣5間,内陣3間(なぜなら真ん中に柱があれば本尊が隠れる)であるのに,形だけの2階を作ってそこを4間にしている.つまりわざわざ真ん中に柱が来るような所を設けてある.5間の階上に4間の2階をつけることは建築上,非常に不合理である.(何しろ,上の階の柱が1階まで届かず,途中から乗る事になる).そこまでして偶数間を設ける理由は何か.やはりいろんな所で真ん中に柱を持って来たいという強い意思があったはずである.
 (2)法隆寺のほかにも偶数間の寺社がある.1.出雲大社の社殿,2.元興寺の極楽坊,3.四天王寺,4.山田寺,である.出雲大社はオオクニヌシ,極楽坊は蘇我氏,四天王寺は太子,山田寺は石川麻呂(天智・鎌足らに惨殺).いずれも敗者を祭っている.
 (3)建築家の村田治郎氏の説として,中門は仏門であった(人が出入りするためのものではなくて),ということを紹介してある.(しかし,結局は金堂に本尊が二つあるから,という理由に帰着しているがこれには疑問を持つ).
 (4)鎌倉時代の法隆寺の僧,顕真は,中門に正面がないのは『多くの故あり』,『聖人は子孫を継がずの表識なり』,『御廟にもこの相あり,秘事なり』と書いているし,似たようなことは徒然草にもある.つまり,太子は子孫を欲しなかった,という伝承が法隆寺の中で秘伝として伝えられた形跡がある.そのため中門に正面を作らず廟を簡単にした,というのである.しかし,太子がそんなことをするはずはない,と梅原氏は言う.
 これに関して私が気付いたことを書く.顕真は法隆寺が再建されたものとは知っていたのかどうかわからないが,再建物に太子の意思(真ん中の柱で子孫を継がずを示す)を見出すのはおかしいではないか.再建者が太子の意思を忖度したのだろうか.山背事件の後再建されたわけだが,絶滅させられたのに,『太子は子孫を継がず』と今さらいうもかわいそうではないか.明らかに印象誘導がありそうだ.(太子が子孫を絶たれても怒るはずがない,ということへの誘導)
 (5)竹島卓一氏によれば,中国には墓の門の真ん中に柱が立てられている例が少なくない(p.270).竹島氏はむしろ,真ん中に柱があっても不思議ではない,という意味で書かれたようだが,梅原氏にとっては,無論,墓の門にその実例がある,ということのみが重要である.(墓から迷い出ないように,というマジナイと見る).

 まだまだあるがキリがないのでこの辺で梅原説はやめる.以上見てきたように,梅原説は十分説得力があると私は思う.
 次に,中門の謎に関する武澤説を吟味するが,この記事をアップする前に一つ前の記事にいくつかのコメントを戴いている.これらを拝見すると,どうやらこの問題はある種の『イデオロギー』論争になっているのではないか,という気がしてきた.私のように,『本当のことはなんだったか』という単純な興味のみでは論じてはいけないようだ???
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by papillon9999 | 2006-10-27 23:17 | Comments(14)
Commented by 愚樵 at 2006-10-30 20:17 x
>ある種の『イデオロギー』論争になっているのではないか,

どうもそのようです。怨霊信仰の起源から始まって(史料で確認できるのは桓武天皇の頃かららしい)、記紀の記述への解釈の仕方とか、日本史の読み解き方そのものについて、「イデオロギー」が戦わされているようです。

その発端は梅原氏あたりなのでしょうけど、火に油を注いだのは井沢元彦氏です、たぶん(代表作は『逆説の日本史』シリーズ)。井沢氏によると、東大寺でさえ建立の動機は怨霊信仰にあり、ということらしい。
事の真偽は素人には判別できませんが、井沢氏の説には説得力があります。なにより読み物としてとても面白いです。
Commented by 柿の葉 at 2006-10-30 21:24 x
>どうやらこの問題はある種の『イデオロギー』論争になっているのではないか

安易にイデオロギーに逃げ込まず、まずは事実認識に踏みとどまる努力と忍耐が重要と思います。その先は、この段階を経てのことでしょう。
Commented by papillon9999 at 2006-10-30 21:32
愚樵さま  なにやら予想外に大げさになってきて私の手に負えなくなってきそうですぅ・・・井沢元彦氏は読んだことないのですが,歴史小説作家・推理作家ということのようですね.読んでみましょうかねぇ
ところで,梅原史観というものは,国家神道は明治時代に作られたものではなく大昔からのものだった,ということを否定する意味になるのでしょうね.
Commented by 夢十夜 at 2006-10-30 22:05 x
apillon様、柿の葉様、愚樵様
前のエントリーでしたが、丁寧なレス戴き有難うございました。
papillon様
『隠された十字架』と武澤氏の著書を急いで読む必要がありそうですね。
ところで「どうやらこの問題はある種の『イデオロギー』論争になっているのではないか」ということですが、そうなっては建設的な意見交換の場とはなりません。そうならないよう(小生はもちろん)努力したいものです。
怨霊のことですが、文学作品となりますが、永井路子氏の『悪霊列伝』は面白いですよ。ご参考までに。
Commented by papillon9999 at 2006-10-30 23:14
夢十夜さま  ぜひ読み比べてみてください.ただ一読しただけではなかなか比較ができませんが.よろしければ拙記事を手引きとしていただければ光栄です.夢十夜さんであれば先入観に邪魔される,ということはないでしょう.武澤氏の文章はなかなかのものですよ.問題意識がなければスーッと行ってしまいます.
永井路子氏ですか.こちらもまだなんです.ご紹介有難うございます.
もちろん,イデオロギーに縛られた議論はしたくありません.『本当はどうであったのか』ということにわくわくするからです.『これを本当にしたい』ということほどつまらないことはありません.
Commented by 柿の葉 at 2006-10-31 10:40 x
夢十夜さま  はじめまして。
ひょっとして漱石の「夢十夜」? 漱石ファンでいらっしゃるのでしょうか?

>『隠された十字架』と武澤氏の著書を急いで読む必要がありそうですね。

是非是非、そうしてください。きっと知的興奮を堪能できますよ。両者を読み比べますと、アプローチの違いでこれだけ違って見えるのかと、いままで気づかなかったことの大きさが本当によく見えてきます。
それから、『法隆寺の謎を解く』では、エンディングのところで日本の美意識に収斂してゆくのですが、そこで漱石の『草枕』の一節に話が及んでいてなかなか読ませますよ。
Commented by 布引洋 at 2006-10-31 10:42 x
怨霊信仰の起源を何処に持っていくかによって解釈が大きく違ってきます。
日本人が元々持っていた精神世界なのか、其れとも平安貴族が仏教に帰依したことによる特殊事情か、どちらを選ぶかによって全く異なる世界観が導き出されます。
何やら政治色を帯びるのは矢張り靖国神社の正当性論議と関連するからでしょう。
仏教との関連性のみで怨霊信仰を解き明かせば靖国論議とは関係してきません。
日本人の根本的精神世界と解釈すれば、靖国は異端の新興宗教扱いになり右翼文化人達にとっては甚だ都合が悪いことになります。
イデオロギーから出発して、自分に都合よく物事を解釈すると大概は間違いを犯します。
主義主張とは関係ないところからから出発して、事実に科学的考察を加える努力が大切でしょう。
Commented by 布引洋 at 2006-10-31 10:49 x
私は古代神道は縄文文化まで遡られるのではと考えています。
生と死、人と動物、人間と自然、他者と自分自身がはっきりと分離している現在の私達が知っている様な世界観、宗教観ではなく、これ等が渾然一体となった宗教観、世界観です。
これ等の相反する『モノ』が行ったり来たりする世界、全ての『モノ』が循環する世界です。
全てが循環する世界では敵と味方は単なる偶然です。敵を神として祭ることに何の問題も有りません。
味方の死者では無く、敵の死者の魂を祭る日本独自の宗教観、精神世界こそ世界に誇れる美しい日本の伝統であると考えています。
Commented by 柿の葉 at 2006-10-31 11:38 x
papillon様
>(1)偶数の間となる作り(偶数性の原理)は再建法隆寺において中門だけではない.講堂が6間,金堂の2階のみ4間,五重塔の最上層が2間となっている.

門、とくに中門の真ん中に柱が立つことは異例ですが、それは人の出入りとの関係からです。門以外の建築物において壁面の真ん中に柱が立つことはよくあることです、とくに古代においては。

>5間の階上に4間の2階をつけることは建築上,非常に不合理である.(何しろ,上の階の柱が1階まで届かず,途中から乗る事になる).

「合理」の観点が古代と現代で変わってきているのです。現代では柱の位置を上下階で揃えるのが一般的ですが、古代においては西岡棟梁が
いっているように、これにこだわらず、むしろ揺れに対する備えの意味を考えていたのです。詳しくは、『木に学べ―法隆寺・薬師寺の美』(小学館)をご覧になってみて下さい。
梅原さんの素人判断を鵜呑みにされませんように…。
Commented by papillon9999 at 2006-10-31 13:39
柿の葉さま  ほんとに面白いですね.『法隆寺の謎を解く』のエンディングのところでも私は柿の葉さんと逆の感想を持ちました.「死」や「怨霊」のイメージとかけ離れた「美」,「浄土」のイメージを植えつけようとする「作戦」かな?と思った次第です.確かに表面的にはそういう風にいうことも可能で,そういうイメージを与えるように再建者は考えたはずですが,それは私が書いたように「白ペンキ」一色の世界に塗りつぶすことかもしれませんよ.その下にはドロドロしたものが渦巻いていたのかも知れません.法隆寺を語る場合に,そういう表面的なことだけ,イメージだけでいいのか,というのが私の「義憤」だったのです.
なお,空白と非対称を取り入れた美,というものが日本独自のもののように書かれていますが,これは書や山水画,漢詩などの世界にも見られるものではないでしょうか.
とにかくこのエンディング部分も最後にふれる予定ですので,ゆっくりお待ちください.
Commented by papillon9999 at 2006-10-31 13:39
布引さま  縄文文化まで遡る,という考え,実は私も持っています.具体的にはまだいえないのですが,布引さんのお言葉,とても参考になります.

再び柿の葉さま  もし「揺れに対する備えの意味を考えていた」のであればこういう建物が頻繁に存在するはずですね.柱の位置を上下階で揃えない例も多かったのですか.
そしたら,そういう反論を本にも書いて欲しかったですね.金堂の2階の4間は建築上の理由だと.(この位置はシンボル的に重要な位置です)
Commented by 夢十夜 at 2006-10-31 16:42 x
柿の葉様
仰られるように漱石ファンですが、恥かしながら、未読の小説が多い状況です。漱石ももちろん好きですが、実は江藤潤のファンでして「漱石とその時代」は愛読書の一つです。

papillon様 柿の葉様
武澤氏の著書は先日、図書館で予約(貸出中のため)してきましたが、今日、昼休みに近くの書店で買ってきました。
しばらくは、コメントを控えて読書に徹する積もりです。
Commented by 古代人 at 2006-11-03 02:03 x
再び、古代人です。
議論のきっかけを提供させて頂いた者としては、夢十夜さん、柿の葉さんたちがいわれるように、くれぐれもイデオロギー論議に堕すことのないよう、議論の創造的展開を期待し、見守りたいと思います。
Commented by papillon9999 at 2006-11-04 09:30
古代人さま  「夢十夜さん、柿の葉さんたちがいわれるように、くれぐれもイデオロギー論議に堕すことのないよう」
とのことですが,これは私が最初に心配したことです.この記事の最後の部分を再掲しましょう.
「これらを拝見すると,どうやらこの問題はある種の『イデオロギー』論争になっているのではないか,という気がしてきた.私のように,『本当のことはなんだったか』という単純な興味のみでは論じてはいけないようだ???」
と書いています.つまり,私は『“本当のことはなんだったか“という単純な興味』で論じているつもりなのに,そうではない兆候が見られる,という心配を書いているのですよ.こちらが『イデオロギー論議に堕すことのないよう』お願いしていることをご理解ください.