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『法隆寺の謎を解く』の謎を解く(2) 2006年 10月 24日
1.知的興奮のために
改めてここで断っておくが,私の『義憤』は梅原氏の仮説に対して反対論を述べてあるからではない.私は別に梅原至上主義者ではない.従って,彼の説に対する盲従者でもない.ただ,彼の,論理に対する誠実な態度,には深い敬意を払っている,それだけのことだ.法隆寺に関して言えば,梅原氏の仮説を上回る論理展開があったらどんなに素晴らしいだろう,と思っている.素晴らしい,という意味は論理に対する知的興奮だ.同じ材料を前にして梅原説を上回る論理というものがあればそれを見てみたい,という意味だ.尤も,仮説とは資料や遺跡に新発見がなされたらそれを織り込んで修正され進化していく運命にあるのは当然である. 私は武澤氏の本にも知的興奮のあることを期待した.果たして梅原氏を上回れるか!? ところが期待は裏切られたのである.武澤氏の方は梅原氏とは無関係に,あるいはほとんど無視して(中門のど真ん中の柱に関する解釈以外,すべてと言ってよい)自分の論理を展開する.つまり全然同じ土俵に乗ってないのである.いや,同じ土俵に乗っていなくてもかまわないのだが,武澤氏が無視したものは梅原氏が最も重視した政治家達のドラマなのであり,建築美的な感覚のみですべてを説明しようとしているのである.その他は想像のみで構成されているように見える.(それから年輪年代測定法による樹木伐採年も利用する). そういう『政治家と言う人間達の生々しい葛藤』を無視して果たして『法隆寺』を論じることができるのだろうか.法隆寺に関する学問のレベルが,まだ資料も考察も初期の低いレベルの段階であればそれも仕方がないであろう.しかし,この分野ははるかに進歩したステージにあって,そういう初期の無邪気なレベルではないのである.今からそれを論じる者は,これまでに到達したことを無視することは許されない.この本がもし学術論文として提出されても,きっと認められないだろう.建築美のようなものを論じるのであれば,それならそれでもいいから,建築美のみの話をすればよい. 武澤氏が書いたこの本の目的を私は推理した.その結果は,『法隆寺のイメージを太子ゆかりのイメージにふさわしい,浄土のイメージに導きたいからである』という結論に到達した.この目的のため,意地の悪い言い方をすると,そのイメージを描くのに都合のいいものだけを選び,悪いものはすべて捨象してしまっている.都合のいいものとは建築美感覚と境内の白砂のイメージ,都合の悪いものは文献資料や政治家達のドラマ.この本は,どろどろした政治家達の葛藤ドラマがおどろおどろしく描かれたキャンバスを,白ペンキ一色に塗り替えてしまったようなものだった. おーっと,またまた前置きが長くなりすぎた.こういう抽象的な書き方だけでは読者は何がなんだかわからないだろう.以下,具体的に指摘していく.これが私自身のオリジナルな論説であったらどんなにいいだろう!残念ながら,二人の本を突き合わせて,対応する点を比較し,どちらが説得力があるかを論じるに過ぎないものである.情けないがでもこの勉強はとても楽しかった.(武澤氏が同じ土俵に立って議論していればこれは必要なかったのだけど) 2.全体のストーリー まず最初に,ここで比較するお二人の説の全体的なストーリーを紹介した方がいいだろうと思う.なぜなら,それぞれの仮説が成り立つために必要な論拠が明らかになるからだ.そうしたら重要な議論のネタ,つまり争点になるべきものがわかるので,私も議論がしやすい. 梅原氏のストーリー: 中核となるのは,すでに有名になった『法隆寺は聖徳太子の鎮魂,怨霊を鎮めるために建てられたものである』,という説である.このためには,太子がなぜ怨霊とならねばならないのか(太子自身は深い敬慕に包まれて亡くなったので自身は怨霊の原因にはならない),言い換えると,法隆寺を再建した人はなぜ太子の怨霊を怖れなければならないのか,またそれは誰か,ということが論理的に説明できなければならない. この仮説の概略は次の通りである. 1.法隆寺は再建されたものであるはず(創建は聖徳太子によることが公認されている) 2.太子が怨霊になるとして怖れられる理由は,太子の長男山背大兄皇子を初めとする子孫一族が皆殺しに遇ったことである. 3.日本書紀では蘇我入鹿一人を山背事件の首謀者としているが,入鹿はすでに討たれたのに,残った方(仇を討ってあげた方)がなお怖れていることはおかしい.(梅原氏は残った側が怖れている証拠をたくさん指摘する.) 4.これは太子の怨霊が納得していないことを知っているからで,言い換えると,蘇我入鹿一人が山背事件の首謀者ではないこと. 5.真の首謀者は中臣鎌足(孝徳帝も共犯)で,その子孫である藤原一族(ゆかりの天皇たちも同根)が祟りを怖れて鎮魂のため法隆寺を再建した. 武澤氏のストーリー: こちらも簡便にまとめようとしているのだが,なかなか梅原氏のようには行かないので困る.結局は上に赤文字で書いたように浄土のイメージとして法隆寺を聖地化するために再建したもの,と主張しているようだ.ただし,再建とは呼ばず,「新創建」と呼ぶ.理由は,670年に法隆寺が焼失する前から再建構想が存在し,それまでの法隆寺とは全く異なる理念と構想で再建立が図られていたからだという. 全く新しい理念・構想とは何か.それがあまりはっきりとはしないのだが,初めは天智天皇の構想らしい.新創建によって太子の私寺としての実績と山背事件の穢れを消し,太子信仰を普遍的な釈迦信仰の中に昇華・解消させてしまうというもの,と書いている.狙いは,太子の政治的影響力を除き,天皇家の穢れなきイメージを図り,自らの正統性を確固たるものとすること,および皇位継承問題だというのである.なぜ皇位継承問題に利用できるかというと,太子は天皇直系だから皇位継承には直系皇子がふさわしいという気分を醸成できる,ということなのだそうだ. 太子信仰を釈迦信仰に昇華させるためにまず金堂が必要で,金堂は670年の焼失前にすでに完成か,完成間近になっていたというように主張する(金堂の天井板の伐採年が668年~669年と出たそうだ.他の部分はこれほど前には遡れない).焼失『事件』さえも新金堂の見込みが立ったので邪魔になって焼いたのでは?という不審火説をほのめかしている. このあたりの推論はほとんどすべて(伐採年データを除き)想像で構成されているようなのでちょっと注意を喚起しておく.結局天智天皇は皇位を直系の大友皇子に後継できず,壬申の乱により大海人皇子が勝って,天武天皇が誕生したのは周知の通りである.武澤氏によれば天武は法隆寺に冷たかったそうで,新創建も滞るが,その後の持統天皇になると(天智直系),再び直系後継に執念を燃やしたため,新創建が再び進んで,ついに完成を見たのだ,という. 以上のようなストーリーなので,武澤説では新金堂の建立時期が梅原説よりずいぶん前となることが特徴である. 以下,細かい争点の話に移る.(こればっかり言ってる?) 【参考】高校時代を思い出せない人へ 【法隆寺創建607年】,【太子歿622年】,【山背事件643年】,【蘇我入鹿歿・大化の改新645年】,【中臣鎌足歿669年】,【法隆寺焼失670年(前年にも火事の記事)】,【天智在位663-671】,【壬申の乱672年】,【天武672-684】,【持統688-697】
タイトル : 近代システムの破壊について等
フェニキア・カルタゴに由来するセム系国際商人(国際金融家)の系譜推論は、地理的条件だけによるものではなく、歴史的経緯・商圏・政体などを総合的に勘案したものです。地理的条件に関して言えば、国際交易都市が都市ではなく国家となり、逆に、周辺地域を支配するという構造を重視しています。フェニキアそのものは、後背地に勢力を拡大するというより地中海沿岸に交易権益を拡大する道を選択しましたが、カルタゴは、後背地を植民地もしくは貢納地として支配しています。ヴェネチアも、沿岸に近い島嶼に国家を築き、そこから半島に支配......more
タイトル : 下村副長官が代弁ね
下村官房副長官の従軍慰安婦の存在を認める河野談話を否定するような発言について、韓国でも否定的な報道が相次いでいます。ま、このことを一番必死に報道しているのは統一協会系の世界日報のようですけどね。あそこは従軍慰安婦の霊で壷やら原理講論やら多宝塔やら売りまくってるところだから、仕方ないですけど。 あ、さて、この下村発言について、首相に就任してから言いたいことも言えなくなった安倍壷三の本音を代弁しているのではないかという記事がありました。 従軍慰安婦問題:下村発言、首相の「本音」を代弁? 閣内不......more
タイトル : 右傾化する者たちへの共感? 同情?
私はなぜだか、右傾化していく者たちに共感と同情の入り混じったような気持ちを抱いている。彼らの主張、たとえば、日本国民としての自覚と誇りを持つべきだ、などといったところに、別段、違和感を感じたりはしない。それ...more
タイトル : 韓国一周貧乏旅行記外伝(1)『ウリナラ』
昨日の韓国一周貧乏旅行記(8)で書き漏らしているエピソードです。私は正東津駅前のバス乗り場で、いつくるか分からない統一公園行きのバスを待っていた。韓国のバスには時間割表はない。もっともあってもそれを当てにしてはいけない。ところで、私はそんなに困った風な......more マスコミが華々しく喧伝したダーウィンの進化論を否定した今西錦司の棲み分け論的な話ではないでしょうか。 競争による適者生存ではなく、棲み分けによる共生を指摘した今西錦司を進化論を否定したと拡大解釈していました。 ダーウィンの進化論は種は固定されたものではなく進化(変化)する事を発見しています。 今西錦司は進化の仕方のバリエーションの一法則を指摘したもので進化そのものを否定したのでは有りません。 梅原説の根幹部分は、古代から日本人の精神世界にある怨霊信仰を歴史解釈に取り入れたものと解釈しています。 一番重要な根幹部分の怨霊信仰を否定しない限り、梅原説を否定した事にはならないと考えています。 布引洋さま 先の記事に戴いたコメントに対する私の反応は偏ってしまいました.布引さんの重要なご指摘,『古代から日本人の精神世界にある怨霊信仰を歴史解釈に取り入れたことが重要』,に対しては無反応ですみません.そういう生々しい部分が必ずあったはずですね. 武澤氏の本では,直木孝次郎氏の説として『個人への祟りという怨霊思想は平安時代に流布したが,その起こりは早くても奈良時代末期であり,再建当時にはそのような発想はありえない』というものを紹介し,当然彼自身も同意引用しています.しかし,『怨霊』という定義は別にして,原始時代から加害死に追い込んだ者への怖れの存在や,その怖れは仏教時代になると因果応報の思想とも結びつく,と考えるのは自然だと思うのですが.どうでしょうか.梅原氏によればいろんな文献から藤原氏側の「怨霊への怖れ」を読み解きます. つづき ダーウィニズムについてはお玉おばさんの記事にちょっと触れてあったので,以前書きかけていたものを思い出したことでした.武澤氏と今西錦司の棲み分け論の関係はよく租借できません.焼失前に金堂ができて,理念の違う寺が並存した,ということに関係するのですか?理解できなくてすみません. あっ,ひょっとしたら仮説の否定ではなく,仮説を共生させようとしている,という意味でしょうか?しかし,武澤氏の言いたいことははっきりしています.怨霊封じ込めであったえは困る,ということです.その否定の仕方が私は不誠実と感じた次第です. 平安時代には仏教は貴族の間で深く信仰されていましたが、この仏教は世界的に見ても特異な怨霊を鎮めるためのものです。 本家のインド、中国朝鮮など、日本以外には例が見当たりません。 怨霊信仰は日本のもともとの古代神道(アニミズム)に起源を持っていると解釈出来ます。其れが渡来の仏教と結びついたのでしょう。 ブッダの説いた原始仏教は死を語りません。死者や死後の世界ではなく、人はいかに生きるべきかを語っています。 ダーウィンは進化の原動力として競争を主張していましたが今西錦司は競争の代わりに共生を考えました。 棲み分け論は進化論を否定した物ではなく、進化論を補強した理論です。 それに対してマスコミは今西錦司はダーウインの進化論を否定と報道。誇大宣伝というよりの明らかな誤報です。 ただ今西氏は誤報を正さなかったのです。ダーウインを否定したとそれ以後も報道され続けました。 まあ学者にとってダーウィンを否定した、マルクスを否定した、アインシュタインを否定した話は有る意味格好良いですから。 布引洋さま いやあ,よーっくわかりました.古代神道と仏教との関係が共生関係だというのですね.なるほど,ほんとに勉強になりました.激しく同意します.武澤氏への反論にも使えそうです^_^;) こんな私がこんな大それた記事を書いておこがましいです.いろいろご指摘お願いします. 『棲み分け論は進化論を否定した物ではなく、進化論を補強した理論です』 そうですね.「進化」の本質は「変化」だと思います.「進化かどうか」は後になってみないとわからないはずです. 否定論という評判を否定しなかった今西さんの気持もおっしゃるとおりよくわかりますね. 古代神道と仏教が共生関係に有ったとの説は梅原猛の思想の根幹部分だと思われます。 明治新政府が廃仏毀釈によって仏教を破壊したときに同時に共生関係にあった古代の神々も死んでしまった。 西欧に似せて古代神道とは全く違う天皇家の先祖神アマテラスを最高神とする神道、天皇を神とする靖国等の一神教的な国家神道を創設した。 この過程で地域に生きていた神々は殆んど死んだ。 最後に残った神である天皇も人間宣言で神ではなくなり、此処に神なき世界が取り残され結果的に道徳の荒廃が起っている。 梅原猛は仏教と古代神道の精神の復活を考えているようです。 私は明治新政府が禁止した仏教と古代神道の合体した日本独自の宗教、修験道に復活の鍵があるのではないかと考えています。 papillon9999さん、こんばんは。横レスで失礼します。 >私は明治新政府が禁止した仏教と古代神道の合体した日本独自の宗教、修験道に復活の鍵があるのではないかと考えています。 布引さんのこのお考えには私も同意するものです。神道はアミニズムですけれど、ある程度文明文化が発達した地域でアミニズムが生き残った例としてしては、神道は唯一とは言わないまでも稀有な例でしょう。アミニズムとは人間の思考の表層に表れる「意識」の奥の、「無意識」の領域が表出したものだと思います。文明文化が発達すると「意識」が強くなりすぎて「無意識」が覆い隠され、私の言葉で言うと「不自然」になってしまう。ユダヤやキリスト教(イスラムについてはまだよくわかりません)、それに明治以降の国家神道も不自然な宗教です。対して古代神道や仏教は「自然」を残した宗教のようです。このヒトの中の「自然」にこそ、ヒトが何者なのかを解き明かす鍵があるような気がして仕方がないのです。 布引洋さま,愚樵さま 大変勉強になります.有難うございます.以前からお寺の隅に鳥居があったりして,非常に大らかなんだなあと思っていました.共生関係は非常によくわかります.天皇家や藤原氏(他の豪族も?)は氏神と氏寺を持っていたのですね. キリシタン弾圧の時に,日本では『マリア観音』というのを発明できたのもそういう下地があるからでしょうか. 愚樵さんの「自然」という言葉は面白いと思います.Natureという意味だけでなく,「素朴」といいましょうか,原始人の時代から前頭葉に形成された宗教意識にもつながるような気がします.そういえばそれに関する私のシリーズ記事もまだ中途のままでした. papillon様 このエントリーに啓発されて『隠された十字架』を今日、図書館で借りてきました。梅原猛著作集第10巻(集英社)1982年第1刷です。 初出版13年後の自序だけを読みました。その中で「聖徳太子に係わっているなかで津田史学の懐疑(聖徳太子の事跡への疑い)が見当違いであり、自分の歴史観が変わった」という興味深い記述がありました。中味はこれからボチボチ読んでみます。 怨霊と鎮魂のための神社との組み合わせはわかりますが、仏教寺院が怨霊鎮めのために建立された例は他にもあるのでしょうか? 夢十夜さま、はじめまして。 >怨霊と鎮魂のための神社との組み合わせはわかりますが、仏教寺院が怨霊鎮めのために建立された例は他にもあるのでしょうか? 神仏混淆が日本の特徴ですが、いくら神仏混淆とはいえ、怨霊鎮めのために仏教寺院を建立するということは成り立たないでしょう。そういう例を寡聞にして聞いたことがありません。 法隆寺の時代に怨霊思想が成り立たないことは、古代史家・直木孝次郎氏のほか、日本古代仏教史家・田村円澄氏も指摘されているところです(『古代朝鮮と日本仏教』講談社学術文庫ほか)。 ただし、武澤秀一『法隆寺の謎を解く』では、梅原氏の説について 「中門の真ん中に立つ柱の意味の誤認から議論がはじまっていました。この柱を論拠とする限り、法隆寺は太子の怨霊を封じ込めるために再建されたなどとはいえない。怨霊説をいうのであれば、この柱とは別のところから議論をはじめる必要がありそうです。」(P189) といっていますので、怨霊そのものを否定しているわけではないと思います。中門の柱を論拠として怨霊封じをいうのは的外れですよ、違うところから議論をはじめなさいといっているわけですね。 夢十夜さま 私が古本屋で手にしたものは昭和60年3月20日の弟44刷です.ご指摘の『自序』という章はないようです. 仏教寺院が法隆寺のような鎮魂寺となる例はよく知りません^_^;)済みません.ただ,太子は仏教の推進者ですから神社で完封する,というのも効き目が無いような気がします.また,うろ覚えですが,滅ぼされた武将を弔うのにお寺を建てた,という例はあったような気がしますが,これは無責任な発言になるかもしれません. 梅原氏に対する反例として,東照宮の家康の例はどうか,と考えています.しかし時代がぐっと下っていますからどのあたりまで成り立つのか,ということでしょうか. papillon9999さま、夢十夜さま >滅ぼされた武将を弔うのにお寺を建てた,という例 では、京都・嵯峨野の天龍寺が挙げられます。これは足利尊氏が後醍醐天皇のために建立した寺院です。後醍醐天皇は武将ではありませんが、同様の例は他にもあると思います。 私もはっきり断言できませんが、勝者が敗者の霊を弔うといった行為を行うのは、世界史的にはあまり例がないのではないでしょうか。梅原氏はよくギルガメッシュとフンババの例と挙げられていますが、勝者は敗者の歴史を抹殺してしまうのが世界史の常識らしいです。神社にせよ寺院にせよ、日本のように敗者の霊が大切にされているところは少ないみたいです。 あと東照宮ですが、これは西のアマテラス(天照)に対抗して建てられたものらしいです。現在ではあまり想像できませんが、昔の日本では東西の対立はかなり根深いものがあったようです。このあたりは網野善彦氏の説が面白いです。 papillon様 >金堂は670年の焼失前にすでに完成か,完成間近になっていたというように主張する これは近年明らかになった建築用材の伐採年から割り出されているものですよね。したがって、 >このあたりの推論はすべて想像で構成されているようなので と、いうより、このあたりの推論は近年明らかになった建築用材の伐採年に基づいて構成されているようなので と、した方が誤解を生まないのでは…? これからの実りあるコミュニケーションのために、老婆心ながら一言。 愚樵さま そうですね.後醍醐天皇の例もありましたね.中国では前王朝の歴史も詳しく残しますね.もちろん都合の悪いところはそーっと書き換えるのでしょうが.東照宮のこと有難うございます.そうなんですか.いろいろ面白いことがありますね. 柿の葉さま そうですね.新金堂の建立時期は確かに天井板の伐採年を基に推定していると言えます.ですから『「すべて」を想像で構成』というのは明らかに言いすぎですね.訂正します. ところで新金堂の建立時期は武澤説を支える要のような気がします.藤原不比等がかかわりあう年齢になっているかどうかの瀬戸際です. 後ほどこれについても記事で触れることになるでしょう. papillon9999さま 中国を忘れてました...、「敗者の歴史を抹殺」は誤りです。中国は徳治主義で易姓革命が機能する場所ですから、前王朝の歴史は現王朝の徳を際立たせるのに必要なんですね。つまり前王朝・敗者=悪という構図で、世界史的です。日本史的には、敗者は天才だったり美人だったり...、善悪ではないようです。 papillon9999さま >この本がもし学術論文として提出されても,きっと認められないだろう. この本は一般書として出版されているのですから、書き方は学術論文と違って当然でしょう。学術論文としてなら書き方も当然変わります。仮定そのものに無理があります。 武澤氏の『法隆寺の謎を解く』は、著者が読者とともに法隆寺の境内を歩くところから始まり、ついでインドでの仏教建築との出会いに展開します。旅する気分で謎解きが進み、再度法隆寺境内に戻り、そして歴史を展望するというまことに見事な構成になっていますね。「はじめに」から「あとがき」にいたるまで、ひとつの物語になっており、書き手として大変な力量の持ち主と思います。古寺、紀行、歴史、ミステリーと多様な要素がとけあっていて、思わず引き込まれます。それだからこそ、梅原ファンとして危機感を覚えたのかもしれませんね。 話題にちなんで関連情報を記しておきましょう。 武澤氏は建築家ですがインド建築の研究者でもあり、石窟寺院に関する論文で東京大学から博士号が授与されています。 梅原氏はご出身の京都大学に博士号請求論文を提出しましたが、通りませんでした。 以上、ご参考まで。 愚樵さま なるほど,中国のことはこれでよくわかります. 柿の葉さま 武澤氏の学位論文はこの本とは別のテーマなんでしょ? 梅原氏は隠された十字架の内容で学位申請されたのですか?学位審査が通らないほどの人物に過ぎないという意味でしょうか? 面白いですね.私の感じ方は柿の葉さんと全く逆のようです. 一般の読み物ならまったく問題にしません.他にも法隆寺のお坊さんが書かれているのもありますが,それはそれで何も私には関係のないことです.でも武澤氏は学術的な主張をなされているのでは?もしそうでなければ私が採りあげる必要はないのですが. 記事のアップが間に合わなくてもどかしいですがゆっくりお待ちください. 次の記事は武澤氏の説を吟味します.お楽しみに. 柿の葉さま いや,そうなんですが,その言葉はありますが,その中身が非常に薄いということなんですよ.まあ,あとで触れますので楽しみにお待ちください. 武澤秀一さんの『法隆寺の謎を解く』(ちくま新書)をご紹介しました古代人です。その後、しばらく応答がなかったものですから、お忘れになったかと思っておりましたが、しばらく振りに訪問させて頂きましたところ、ホットな議論が交わされており、大変驚くとともに嬉しく思いました。 実りある議論のために、気づいたことをちょっと。 柿の葉さんが度々指摘されていますが、失礼ながらpapillon9999さんによる『法隆寺の謎を解く』の紹介には、言い過ぎ、ないしは偏りが見られようです。この本を読んでいない人に誤った印象を与えてしまう恐れがあるのでは…。かえってお説の説得力を減じてしまいかねないと危惧します。今後の議論の水準を保つためにも十分この点に配慮して頂きたいとお願いする次第です。 それよりも何よりも、まず皆さんにこの本を読んで頂くことが先決ですね。 先のコメントで大事なことを言い落としてしまいました。「もっと名著」改め、「古代人」です。出来るだけバランスよくウォッチしてゆきたいとの気持ちからです。 柿の葉さま Commented by 柿の葉 at 2006-11-01 12:11 x 「・・・ブログ記事中に、 >建築美のようなものを論じるのであれば,それならそれでもいいから,建築美のみの話をすればよい. とありますが、切り離さない、切り離せないところに重要なポイントが潜んでいるのではないですか? 建築と政治について、今日と往時を同列視していませんか?」 についてお答えしましょう.本の宣伝部分は削除させていただきます.部分的に削除するのは困るのであれば,全面削除いたします. さて,建築と政治の結びつきは当然ありますし,誰も否定していませんよ.むしろ,表面的なつながりしか述べてなく,考察が浅いのです.建築美のみで支配される側を感動させる,ということしか書いてありません. もっと名著改め古代人さま お久しぶりです.せっかくご紹介いただいたのにお見えにならず,どうされたのかと思っていました.ご紹介いただいたときの名前は「もっと名著」だったことをお忘れだったのですか.^_^;) 残念ながらご期待に沿えず,申し訳ありません.コメントの 「言い過ぎ、ないしは偏りが見られ」 と感じられた部分,具体的にご指摘いただけないでしょうか.「読者に誤った印象を与えないためにも」,「今後の議論の水準を保つため」にも必要でしょ?具体的に根拠を示しますよ. ところで, 「皆さんにこの本を読んで頂くことが先決」 とのことですが,残念ながら私はお薦めできません.ただし,これは学術的な意味からです.『本当はどうであったか』を追求しようとした本とは到底思えません.『本当はどうであったか』に興味のある人にとっては時間の無駄です.そうでない人には推薦と制止に関して私は沈黙します. この連載記事では『時間の無駄』と書いた理由を示していきます.実はもうどうでもいいかな,と思い始めたのです.だって,こんな本の『おかしい理由』をいくら指摘した所で何の意味もないでしょう? しかし,このようなコメントを戴いたからには『かなりの意味がある』ように感じ始めました.これは『本当はどうであったか』という興味より『こういうことを本当にしたい』という強い意思の存在する問題だと感じるからです.最後までやらざるを得ません. 10月31日に戴いたコメントは本の宣伝部分を削除するために,以下に移します.
Commented by 柿の葉 at 2006-10-31 17:02 x papillon9999さま 終章・第2節 は、・・・・・政治家達のドラマが無視されていたでしょうか? >武澤氏が無視したものは梅原氏が最も重視した政治家達のドラマなのであり, この発言も「明らかに言いすぎですね」 Commented by papillon9999 at 2006-10-31 18:58 x 柿の葉さま いや,そうなんですが,その言葉はありますが,その中身が非常に薄いということなんですよ.まあ,あとで触れますので楽しみにお待ちください. |

