アルバイシンの丘
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随想や意見,俳句(もどき)

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波濤険しき朝鮮海峡を渡る(8)
 天馬塚で降りかかった出来事の顛末はこうだ.天馬塚に入ろうとした時,我々10人の一行に,スーッと近づいて話しかけてくる女性があった.二十台の前半~半ばくらいでとても可愛いアガシだった(女性の年を読むのは当時も今も苦手!).崔先生はそれをチラッと見て苦々しそうな顔をしたような気がしたが,私やT君,Yさんは当然それを無視して,たちまちそのアガシと仲良くなって話し始めた.日本語がとても上手なのだ.



f0036720_15534632.jpgそして,日本語を勉強するためにガイドをしている,大阪に叔父さんがいる,日本語勉強のために日本に行きたい,そのためにお金を貯めている,などの情報伝達を媒介としながら会話が弾んだ.我々3人は我勝ちに彼女と話し続け,彼女も天馬塚の中にまで入ってきて,いろいろな説明をしてくれた.右の写真にはその彼女も写っている.塚の中でも有名な金の王冠やその他の発掘品の説明もすごく判りやすくやってくれた.(中身は残念ながらすでに記憶の彼方)
f0036720_15212594.jpg 見学は実に楽しかった.そしてようやく見学を終え,出口を出た所で,彼女はお土産屋さんに寄ってくれと言った.それが実にさりげない言い方で,少しも違和感はなかった.私とT君はせっかくだから寄って行ってあげよう,と随いて行きたかったが,崔先生はずんずん先に行くのである.T君は仕方なくそちらに随いて行ったが,私は板挟みになって惨めに迷っていた.
 彼女はニコニコと私の方を見つめ,どうぞ,と遠慮がちに招く,崔先生たちはずんずんと駐車場へ急ぐ.こういう時に私の優柔不断な性格が炸裂するのである.しばらく崔先生の後姿を見ていた私だったが,急に決心して彼女の方へ行こうとした.できるだけ時間をロスしないように,私は突然彼女の方へ駆け出したのである.なんかハンカチでも買おうとしたのだろうか.その時,『キキーッ』と車が急ブレーキを掛けて停車した.何と私は車に刎ねられる寸前だったのである.そのけたたましい音に,近くの人はおろか,遠くなった崔先生たちも振り返って驚いたほどであった.それから先のことはもう書くまでもないだろう.私はそのことのおかげで,未だに哂われ者である.人の記憶は容易に消えないものだf0036720_15302799.jpg
 しかし,そのあとT君としみじみ語り合ったことがある.それは
『彼女だけは本気で案内してくれたよな』

 慶州の中心部についていろいろ見て廻ったが,美術館だけはどうも休館日だったような気がする.この時の写真が,入口の外で写ったものしかないのだ.だから,この中にある大釣鐘が旧日本軍に持っていかれたこと,釣鐘にまつわる母と子の悲しい話,などを崔先生から聞いたのはこの時ではないはずだ.
 この後は,仏国寺(プルゴッサ)へ行くのが順序だが,その前に昼食のために一度東海岸へ行くことになっていた.f0036720_1531088.jpg慶州からさらに1時間ほど東へ行くと,東海(日本では日本海)に達し,製鉄で有名な浦項(ポハン)がある.そこを掠めて海岸線を北上すると,多くの漁村が連なっている.そういう所で魚を食べるのが崔先生の独特のお気に入りスタイルだった.
 この時のメニューは忘れたが,大抵はヒラメか太刀魚の刺身で,磯巾着の入ったチゲ鍋,それに焼酎である.そのときもきっとこんなものだろうと思う.前にも書いたが,こちらの刺身は皿の上に大量に載せてあり,食欲をそそる気遣いよりは実質が大事だ,という感じ.いわば花より団子である.
 二年後にはこのスタイルでカニを大量に買い込んで,海岸からちょっと入り込んだ所にある白岩(ペガン)温泉に泊り込むのだが,私はその時にカニの食い過ぎで一晩中眠れずに七転八倒の苦しみを味わうことになる.酒も苦しいが食い過ぎもあんなに苦しいとは初めて知った.これも未だに哂いの種になっている.
 その東海に面した海岸は写真のように金網が延々と張られていた.北からの侵入者を防ぐためであり,金網の所々に小石が挟んである.侵入者が金網を動かすと小石が落ちて,侵入を知る,という仕掛けだ.(という崔先生の話だった.どれだけ役に立ったかは知らない) いつの頃からか,その金網は消えていた.
f0036720_15542837.jpgf0036720_15531949.jpg
 海岸での風変わりな昼食の後,再び慶州へ戻り,山の方へ向った,仏国寺と石窟庵である.仏国寺はその後も何度か来たが,石窟庵は結構遠いのでそんなに機会はない.石窟庵の中におわす仏像の額には真っ赤なルビーが嵌め込まれている.この時の崔先生の話にまた感動した.仏像を抱く建物には一箇所,小さい穴が開いている.ここから朝日が一筋差し込み,額のルビーに当たるとそれはそれは綺麗に光るのだという.日本のさる学者が何年も通って,何かを研究していたそうだ.(何の研究か忘れたが)・・・
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by papillon9999 | 2006-09-29 23:37 | Comments(8)
Commented by KUMA0504 at 2006-10-04 09:26 x
こんにちは、お久しぶりです。
鉄条網は、カンヌンと江華島の海岸線で見ました。そのほか軍隊に関係するところはすべて鉄条網で、生活と分断されています。それも韓国の現実なのだなあ、と思いました。
Commented by papillon9999 at 2006-10-04 13:29
KUMAさん  ひゃあ,お帰りなさい!ご無事で何よりです!まだTB戴いた記事は拝見していませんが,大変楽しみですよぉ.
まだ鉄条網があるのですか.板門店に行った時はすごく緊張しました.北の兵士と眼を合わせるのが怖かったです.
Commented by 夢十夜 at 2006-10-04 13:45 x
papillon様
私もソウルから一泊で百済の古都、慶州を訪れたことがあります。仏国寺、石窟庵、天馬塚、国立慶州博物館などを見物して東海岸の浦項にも行きました。この海のかなたが日本だと感慨に耽った記憶があります。
小砂利の海岸で小石を拾った記憶はありますが、鉄条網のことは気が付きませんでした。同行した韓国人が日本海のことを東海(トンヘ)といっていましたが、韓国から見ると自然で違和感もありませんでした。
Commented by papillon9999 at 2006-10-04 16:17
夢十夜さま  こんにちわ.
浦項のような都市の近くには鉄条網がないかも知れません.
>韓国から見ると自然で違和感もありませんでした
確かに,あの海を『日本海』と呼ぶ気はしないでしょうね,韓国からは.日本からは『東海』とは呼びにくい.私はその名前を考えたことがあって,その時は『極東内海』を思いついたのです.瀬戸内海にくらべて『キョクトウナイカイ』はちと長すぎるのが欠点ですね.でもほんのちょっとだけど.
>この海のかなたが日本だと感慨に耽った
このはるか沖に鬱陵島(ウルルンド)があり,竹島(独島)がある,そのまたずっと先には,・・・と思えば遠い異国にいることを実感しますね.この旅の最後の夜は,釜山近郊の海浜地区,広安里に一人で泊まらされたのです.その時の淋しかったこと!初めて猛烈なホームシックが襲ってきました.海の向こうは海だけだったのです.
Commented by 夢十夜 at 2006-10-04 23:03 x
papillon様
早速、レス戴き有難うございました。
自分のコメントを読み直したところ、誤りがありましたので再度、コメントさせて戴きます。
前回のコメントのなかで「百済の古都、慶州」は誤りで「新羅の古都、慶州」に訂正願います。申し訳ありませんでした。

百済の古都はいうまでおなく「扶余」で小生も一度、ソウルから日帰りで訪ねたことがあります。三国時代、百済は新羅との戦いに破れました。その際に百済宮廷の女官は、眼下の錦江に身を花のように投げたそうで、「落花岩」の史跡として残っています。その後、百済は再興を期して日本と同盟して新羅・唐の連合軍と「白村江の戦い」を戦いましたが敗れました。判官贔屓のせいか、つい「百済の古都」としてしまったようです。
とにかく扶余はよいところです。
Commented by papillon9999 at 2006-10-05 08:33
夢十夜さま  おはようございます.百済の箇所は見逃しました.すみません.新羅千年の古都,と書きながら・・・・^_^:)
私はテグがメインなので新羅はもう三十回以上行った事になりますが,百済の方は実は3・4度くらいしかないのです.新羅と百済,何が違うかといえば,料理のうまさです.百済の方が何倍もうまい!おそらく日本人の口にもよーく合うのです.崔先生は初め黙っていましたが,私が気付いて聞いてみたら,そのことを認めました.夢十夜さんはどうお感じになりましたか?
韓国の人は地域間の競争意識がすごいですよね.関東と関西がライバル意識を燃やすように.
Commented by whitefullmoon at 2007-12-09 19:14
去年の12月韓国を旅行したので、懐かしく読ませていただきました。ソックラムの花崗岩の仏像の額にルビーがあったとはしりませんでした。あんな山奥に石窟をつくるなんてたいした文明が栄えていたものだと思いました。
Commented by papillon9999 at 2007-12-09 20:46
whitefullmoonさん  ようこそ,こんな田舎のブログへお越しくださいました.石窟庵にも行かれたんですね.ルビーに光が当たるのは一年のうち限られた期間だけだったと思います.その話を聞いた頃が懐かしい・・・そこには大韓の文化にカルチャーショックを受けた若い僕がいました.若い崔先生も・・・時代は確実に変わっていきます.
あの天馬塚の女性は今どうしているのでしょう.