アルバイシンの丘
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随想や意見,俳句(もどき)

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波濤険しき朝鮮海峡を渡る(3)
 『我らは東方礼儀の国に生まれ,紅塵を捨てて農事を生業とし,終身斉家のため山間僻地に隠棲せしところ,折りしも人類社会は日を逐うて複雑化し,また生存競争はその激しさを増すかたわら,植民地政策はさらに脅威を加えたり.
 倭奴は他国を盗み取り,三千里の彊土をアジア大陸侵略の足場となしたる故,三千万民族は倭奴の奴隷に成り下がりたり.・・・・』



 これは崔先生が翻訳になる,沖縄戦生き残り韓国人軍夫の恨歌の冒頭の一節である.ここに,倭奴(ウェノム)とは『倭人の奴ら』ぐらいの意味であろう.強烈な蔑称である.
 何回目かの訪韓の時,崔先生から日本語の本を頂いた.「この中に,私が翻訳した詩の部分が,ほんのちょっとの部分ですがあります」.というようにして頂いたのであるが,その本の中に書かれていた一節なのだ,
 崔先生は戦争終結時は中学生の終わり頃で,大邱において小学,中学と日本人により教育を受けた.(上に書いたような,私などではちょっとものにできないような文を書くことができるのもそのせいなのだ).今なお,来日のたびに小学校時代の恩師(複数)に,地方の遠方に住んでおられるにも関わらず挨拶・贈り物の礼を欠かされない.私などに対しても非常に優しく丁寧に接してくださる人なのだ.
 そういう崔先生が,倭奴という激しい言葉を(翻訳とはいえ)使っておられることに,私は少なからぬショックを受けた.やはり表面からだけでは窺い知ることのできない,心の奥深い所で,絶対に溶けぬ『恨の塊』が私たち日本人をじーっと見据えているのを感じ取ったのであった.

 何年後かにそういう経験をするとも知らず,私は朴さんたちに連れられて釜山駅からソウルへと列車に乗ったのであった.実はどんな汽車の旅だったか,まったく憶えていないのだが,恐らくセマウル号,列車の切符も朴さんらがお金を出して買ってくれたはずだ.韓国人は,客人や後輩には金を出させないことが多い.この時はきっと崔先生の指示もあったはずだ.
 鉄道ファン(だった)私としては,当然韓国鉄道にも興味がある.駅の風景や車窓からの眺め,列車そのもの姿,など興味津々だった.列車のグレードは韓国の方がだいぶ上だ.何しろ広軌だからゆったりしており,セマウルには当時は確か車両ごとに女性の世話係がついていたように思う.(正確には憶えていない.というよりその後の何回もの旅で混ぜこぜになって,どれがその時のものかまったくわからない).
 とにかく,無事にソウルへ着いて,ホテルまで着いた.そのとき,いよいよ半島の地で初めて崔先生にまみえるのだ,と引き締まった気分になった(はずだ).ソウルに着いたのは夕方だったが,晩餐会があるまで時間があったのでそれまでどこかの公園を散策したことは妙に憶えている.どこの公園だったかわからないが,入場料を払って入った.そして少し肌寒い空気が漂っていた(はずだ).
 いよいよ,私のカルチャーショック第一弾となる晩餐会のことに話が進んでいく.

 冒頭の『恨歌』の終わり頃にはこんな箇所がある.
 『年々歳々花相似ず,年々歳々人同しからず.三春は年ごとに巡り来ると雖も,憐れなり我が同志,怨を抱きて戦死し永久に帰るを知らず.
 生き残れる我らは聖徳なる米軍に命を託し,厚き待遇に日々過ごせしに,天地陰陽大自然の成行きは,遂に八月十五日解放の鐘を鳴らしたり.虜囚の身をも顧みず,万歳,万歳の連呼は大韓民国の自由独立を祝福せり.』
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by papillon9999 | 2006-07-29 01:09 | Comments(6)
Commented by uts_home at 2006-07-29 10:59
日本がまだ倭国といわれていたころ、稲作技術その他の文明を教えてあげたのは私たちだ、倭国は私たちより格下だったのだ、という気持が「倭奴」の中にはあるのかもしれません。
一方でそれは事実であり、または事実の全てではない。倭人は倭人の主体性の下に、何を取り入れて、何を取り入れないのかを明確にしていた。(例えば牧畜文化)
崔先生の『恨の塊』がどういうものなのか、楽しみにしておきたいと思います。
Commented by uts_home at 2006-07-29 11:00
すみません、↑のコメントを書いたのはKUMA0504です。
Commented by papillon9999 at 2006-07-29 11:53
KUMA0504さん  コメント戴きありがとうございます.
念のためですが,翻訳の原文は韓国語ですが,それを書いた人は崔先生ではありません.沖縄戦従軍を強制され,幸運にも生還できた一韓国人軍夫によって書かれたものです.従って,原文にすでに「倭奴」があるのかもしれません.その意味では私の記事は不正確でした.まるで崔先生が「倭奴」を登場させたかのようです.ただ,私はそのような迫力ある「気」を崔先生から感じたのは事実です.正確なところは今度聞いてみます.
Commented by papillon9999 at 2006-07-29 11:58
倭人は中国とも朝鮮とも異なる独自性・主体性を持ってやってきました.それはそれでとても素晴らしいものがあったと思います.ただし,それを主張するときは,相手を卑下するためであってはならないと思います.互いに素晴らしい所は称えあい,変な所は気の利いたエスプリで笑いあう(嘲笑ではない)そのような関係になれば素晴らしいと思います.
所詮,狸の子は狸?日中韓,所詮,黄色は黄色です.でも,黄色が素晴らしいかもしれないとしたら日中韓みんな可能性があるのです.
Commented by KUMA0504 at 2006-07-30 08:06 x
「倭奴」という言葉は日本にはないだろうから、そのまま原文を訳したのでしょう、と書こうとして、念のために広辞苑を引いたらありました。(^^;)「唐書日本伝。もと中国人が日本人を称した語。」

崔先生が登場させたとは思っていませんよ。昨日、小倉紀蔵さんの本を読んでいて、韓国の「ハン」は外に向かうものではなく、内の中に向かうというような意味のことが書かれていて、崔先生の「ハン」に興味を持ったので書きました。私のほうこそ、言葉足らずでした。
Commented by papillon9999 at 2006-07-30 11:52
「倭奴」という言葉は日本にあったのですか.何事につけずぼらな私の性格がばれてしまったようです.元々,中国では中華思想に基づき,周囲の国々・民族には卑字,賎字を当ててきましたからね.『匈奴』もありましたね.