アルバイシンの丘
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或る壮大な試み
 これまでの愚樵さんの「死刑」や「生命」に関する考察に私は深い敬意を抱いている.しかしながら,どうも何かが食い違っているような気がして仕方がない.どういったらいいのだろう.私が「安易な死刑廃止論」に違和感を感じる,と書いたりしているが,そういうレベルの議論の仕方とは全く違う土俵における話で,議論が全く噛み合っていないのを感じるのだ.最近はこの感じがどこに由来するものかを考えていた.



 こういう感じを持つのはおそらくDHさんも同じだと思う(違っていたらごめんなさい).DHさんは愚樵さんの記事へのコメントの中で次のように書いておられる.

 全体の論調から拝察すれば、否定的なスタンス(筆者注:死刑制度に対して)に立っていらっしゃるように感じられるのですが、一方で言質を与えないよう(?)極めて注意深く議論を進めておられるようにも感じられる・・・・
 これに対する愚樵さんの回答はこうだ. 
『「死刑を廃止すべきか否か」という「理念」で決定すべきではない』,『どうしたら自ずから死刑廃止になるのか? その条件を考えたい』

 これから読み取る限りにおいては,愚樵さんは以下のようなことを試みているのであろうと考える.すなわち,
『生命への慈しみ,生命の愛おしさ,かけがえのなさ,そういったものをベースとしたもので,(「理念」や「意識」が構成した論理としてではなく),もっと一段と奥深い,心の奥底から湧き出でる言葉(いや,魂の叫び?えへっ!^^;)から,自然と構成される或るものを求めること』
ではないだろうか.単なる「生命はかけがえのないものだから死刑には反対」のような「偽善的なもの」をも排除したいのだ.
 これに対し,私やDHさん(違ってたらほんとにすみません)の議論とは完全に土俵が違う所での議論なのである.私の議論は,現実にどのような制度が合意できるか,どのようなもので合意すべきか,という処方論を論じているのである.どうも意見がかみ合わってないと感じるのはそこに理由があるからだと思う.
 もしそうであれば,愚樵さんの試みは壮大な挑戦であり,もしこれが成功したら素晴らしい業績となるはずのものであろう.ただし,もしこれが成功したとしても,その考えが「多数派」となることは到底考えられない.なぜなら,凶悪犯を憎み,被害者に同情する,というのは一種の本能であって,この本能は即物的俗情的であると思えるからである.上に書いた『魂の叫び』が聞こえたとしても,多くの俗情的人間の前頭葉が書き換えられるわけではないだろうからである.でも愚樵さんは,多数派にはなりえない,ということを承知でやっておられると思う.(注1) 

 以上のことがもし当たっているとしたら,私は本当に応援したい.なぜなら,生命への限りない慈しみ,これは私も理想とするものだ.おそらく愚樵さんとも変わらないと思う.無論,DHさんや布引さんや早雲さんたちともだ.その限りない慈しみで自然と『死刑廃止』を唱えることができたら何と素晴らしいことだろう.だからこそ,たくましい理論?ができ上がって欲しいのだ.多数派になる,ならないは全然問題ではない.
 そこで,あえて愚樵さんに疑問を呈したい.この記事はそういう趣旨で認めたものである.「『変わる』ことは『生きる』ことの本質」というシリーズと「懐の鳥は猟師も殺さず」という記事に対して,私は以下のような疑問を持っている.

 1.「変わることが生命の本質」とあるが,また他に生命には自らを維持する本能があって,「自らの保存のために異物を排除する」というのもまた生命の本質の一面でもあるはずだ.すると,凶悪犯を排除して「自己を守る」,あるいは「守った気になる」というのはこの本質に見事に合致しているように思える.大多数の国民の「俗情」が「凶悪犯は死刑」を要求するのはこの本質の現われではないだろうか.こういうことがあるので,果たして「生命の本質」論から愚樵さんの壮大な目的に迫れるのだろうか.

 2.「懐(ふところ)史観」と私が名付けた,素晴らしい歴史の切り方を愚樵さんは提示しておられる(「懐の鳥は猟師も殺さず」).しかし,私はこれに対してはあまり気に入らない.この「懐史観」を使って,おそらくは,「凶悪犯も当然,あるいは自然に,自己の中に入っている」ようにしたい」,ということなんだろうと思うが,すでにこれは「壮大な目的」を達成した後のことが使われていそうだ.(わかりにくいと思うが,「懐史観」そのものがすでにこれから愚樵さんが求めようとしているものではないのか,目的物がすでに手段として使われているのではないか,という意味である).
 それから,「自己の懐」,「生命体自身」がそれほど余裕があるものかどうか,疑問なのである.「猟師さんの懐にある鳥」というと自己にすごく余裕があるみたいであるが,実際の歴史は,自己(社会や自分の権力)の保存に汲々としていたともいえるのではないだろうか.常に「自己の懐」から身を滅ぼすものが出てこないか(反逆やガン細胞),戦々恐々としていた,というのもまた一つの側面としてあると思うのである.(実は愚樵さんの記事に対してこういう趣旨の質問をしたのだが,愚樵さんの回答を私はまだ消化できていない.それで,要旨のみを改めてここに書かせて戴いた次第だ.)
 結局,こういう「生命」,「自己」といったものはそんなに余裕があるものではないのではないか.それなのに,「余裕」のようなものを基にした「懐史観」で,愚樵さんの壮大な目的に迫れるのだろうか.

 以上,あえて私の抱いている疑問を書かせていただいた.繰り返しになるが,ぜひ愚樵さんの壮大な試みが成功するよう心から期待している.

注1  多数派とはなりえない,というのには注釈がいる.ある日,超民主的な政府,あるいは賢人が出てきて,「死刑廃止」を崇高な理念で導入する,ということはあり得る.しかし,それは大多数の国民の俗情(凶悪犯を簡単に許してたまるか)を押さえつけてのものだろうと思う.それは一種の暴力であることに気付く(愚樵さんも言うように).日本国憲法だって,多くの俗情(北朝鮮のようなならず者に攻めこまれたらどうする!という心配)を強制的に抑えつけて崇高な理念を謳っているのだ.
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by papillon9999 | 2006-07-07 21:22 | Comments(16)
Commented by 早雲 at 2006-07-07 23:36 x
こんばんは、
T/N君が
http://utshome.exblog.jp/2663413#2663413_1
でアルバイシンの丘さまの疑問に一部参考になると思われることを書いています。
まだでしたら是非お読み下さい。
Commented by papillon9999 at 2006-07-08 01:10
コメント、TBありがとうございます。例によってこちらからは送れませんでしたのでTBは失礼させていただきました。さて、ご紹介のT/N君の日記ですか?早速拝読しました。うーんものすごく参考になります。すばらしい記事だと思います。生命体には「免疫システム」というのがありましたね。「免疫寛容」ですか。この観点はとても重要なファクターとなりそうですね。
Commented by 布引洋 at 2006-07-08 11:48 x
『死刑』は論じる価値が有るのか。?
一億二千万の日本に置いて年間数件の死刑にどれ程の意味があるだろうか。当然死刑囚には大いに関係ある。当落線上の事件関係者にも関係ある。
然し私達、その他大勢は如何であろうか。全く関係ない。

死刑の百倍も殺人の数は多い。死刑よりも殺人の方が百倍も私達は関係する可能性は高い。
殺人こそ論じるべきです。

では殺人こそ緊急に論じる価値の有る話だろうか。
労災死や過労死の方が数十倍も可能性が高い。労働災害死より交通事故死の方が、これ等より数倍高い。
自殺者の方がもっと可能性は高い。二十代の青年では自殺が死因の第一なのです。

例外の刑罰であるべき『死刑』が未成年に適用すことが問題なのです。
極限に有る『例外』を、決して、普通のことにしてはいけない。
Commented by papillon9999 at 2006-07-08 11:53
早雲さま  ルバイヤート,拝読しました.そこにも書きましたが,壮大な無常観,言葉もありません.殺人への怒りなど生命の燃焼で一瞬のうちに昇華してしまうようです.私の周囲にこの4行詩を紹介すべくワード文書にコピーしました.
でも「小泉ポチへの怒りなど小さい,小さい」と言えない私・・・
ところで,玄耕庵、素楽,愚息,等々の人間関係が私には良く掴めません.UTS(Under The Sun?)を外から眺めているからでしょうか?
Commented by papillon9999 at 2006-07-08 12:03
布引さま  おっしゃることは良く理解できます.ただ,今は社会科学的なことではなく,人文科学的(哲学的?^^;)なことを「死刑」と「生命」の関係で考えてみたいだけなのです.それがひいては殺人や自殺のことを考えるベースとなるのではないかと思っています.自殺のことを望ましい方向で解決するためにも,豊かな生命観が必要だろうということです.
(最近は ^^: を過剰使用気味なことを気にしています)
Commented by 布引洋 at 2006-07-08 15:26 x
「我思う、ゆえに我有り」何て言うアホな哲学者も居るので哲学、信用してません。(呆けて何も思わなくなったら如何する)
ある悟りをひらいた僧侶が忙しく時間が無かったので、便所で用をたしながら、握り飯を食っていたところ、手が滑って便壷に落としてしまった。
僧侶いわく『うん  この方が早い』
Commented by papillon9999 at 2006-07-08 17:17
まあ,そういうことも言えましょう.単なる趣味の問題です.心の赴くままに考えているだけです.
宇宙の時の流れに比べたら労災死や殺人や戦争など何事もありません.
Commented by 早雲 at 2006-07-08 19:19 x
ルバイヤートはUTS(Under The Sun)のコラム用に書きました。UTSは玄耕庵日乗の素楽さんとTN君の日記のpantherHさんが発起人となってトラックバック・センターを作ったことが始まりで、私も最初のメンバーの一人です。
素楽さんは私の息子と同年で、素楽さんの父上も私と同年なもので、このコラムでは仮想的に親子ということにしてあります。
アルバイシンの丘さまもUTS入りませんか?
趣旨 http://utshome.exblog.jp/i2  に賛同されてTBまたはコメントされれば、メンバーです。
義務も(権利も)ありません。
Commented by papillon9999 at 2006-07-08 19:37
UTSのこと,なんかとても羨ましく眺めていました.^^;) お誘い戴きとても嬉しいです.
玄耕庵日乗さんと素楽さんは同じ方ですね.そして,実の世界における早雲さんの息子さんと素楽さんのお父上はこのブログ世界には来ておられないのですね.うーむ,ようやくわかりました.
私も早速入ろうかな.
Commented by uts_home at 2006-07-08 20:33
papillon9999さん、早速の参加表明ありがとうございます。愚樵さん、早雲さん、アルバイシンさん、布引さんのコメントでのやりとりは、失礼ながら興味深く読ませて頂いておりました。そのやりとりにインスピレーションを得て、コラムにエントリーさせて頂いた次第です。私も生命の本質に根ざした論理にとても興味を抱いています。これからもどうぞよろしくお願いします.
(T.N.君の日記)
Commented by 愚樵 at 2006-07-08 21:41 x
おそまきながら、失礼します。愚樵です。

最初、この記事を読ませてもらったとき、ありゃ、これは褒め殺しだ、なんて思ってしまいました(苦笑)。
papillon9999さん、まったく厄介な記事をエントリーしてくれたものです(重ねて苦笑)。壮大かどうかは知りませんが(たぶん誇大が正解でしょう)、確かにそんなことを考えてはおります。けど、核心を衝かれてしまうと後が困るなぁ(重ねて重ねて苦笑)。
まあでも、こちらのご指摘に対しては、また拙ブログのほうでもエントリーを立ててお返事したいと思います。どうせ、コメント欄には収まらないですし。
でもでも、少し時間をくださいね。

それとUTSに参加表明をなされたとか。ようこそ。歓迎です。こういった話はUTSのメンツも巻き込んでやりたいものです。
Commented by papillon9999 at 2006-07-08 21:54
T.N.君の日記さんへ  歓迎のお言葉戴きまして嬉しい限りです。何度も申し上げるようですが、とても羨ましく感じておりました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
Commented by papillon9999 at 2006-07-08 22:15
愚樵さんへ  どうもすみません。実は、たくましい理論になって欲しい、と願っているのですが、その成長のために乗り越えるべき「障碍」を提示したかったのです。そして
『決して意地悪で書いているのではないことを愚樵さんならきっとわかってくださると思う』
という文言も入れようとしていたのです。
ところがよく考えると、ひょっとしたら愚樵さんにとってはこの程度のことは障碍でもなんでもないかもしれない、と思ったのでした。すると上に書いたようなことは完全に肩透かしとなります。そんなことがあって、結局、「疑問を呈する」という形にしたのです。
もし、愚樵さんがさらに深く考えるきっかけになる、と感じられたのであればとても嬉しいことです。
時間なんて全然気にしないでください。

<UTSのメンツも巻き込んでやりたいものです
ほんとにそうですね。よろしくお願いします。
Commented by DH at 2006-07-09 00:35 x
TB並びにコメントありがとうございました。

>そういうレベルの議論の仕方とは全く違う土俵における話で,議論が全く噛み合っていないのを感じるのだ
>こういう感じを持つのはおそらくDHさんも同じだと思う(違っていたらごめんなさい)

>これに対し,私やDHさん(違ってたらほんとにすみません)の議論とは完全に土俵が違う所での議論なのである.私の議論は,現実にどのような制度が合意できるか,どのようなもので合意すべきか,という処方論を論じているのである.どうも意見がかみ合わってないと感じるのはそこに理由があるからだと思う.

御意!御賢察の通りだと思います。私も同様の印象を持ちました。故に謝罪不要です(笑)。

先般の「諦めるしか道は無い」から始まる愚樵さんの一連の考察については率直に申し上げてわたくしのアタマではまだ充分には咀嚼できておりません。それこそ懐の広さの違いを強く感じます。
Commented by DH at 2006-07-09 00:37 x
続けて失礼します。

愚樵さんの冷徹な考察には小生ももとより敬意を払っておりますが、いかんせん俗物ゆえの悲しさと言いますか、「廃止なら廃止でよろしいが、じゃあ具体的にどうすればよいのか、廃止後の最高刑としてはどのようなものを想定しているのか」等々、どうしても懐の狭さが顔を出してしまいます。

でも、十全の理解とは行かないまでも愚樵さんのエントリーを拝読するのは楽しみにしております。
Commented by papillon9999 at 2006-07-09 09:53
DHさんへ  
>私も同様の印象を持ちました。故に謝罪不要です
そうですか。実は確信はあったのですが。よかった。私たちは「社会科学的」な土俵、愚樵さんは「人文科学的」な土俵、と考えたらどうでしょうね。
どちらも必要なんだと思います。なにしろ、ルバイヤートなどを読むと、戦争や凶悪殺人犯も許せてしまいます。どういう次元で話をするのか、ということですね。