アルバイシンの丘
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一区切りのメモ
 1.『どうして本村氏にそんなにこだわるのか』
 これはある人からうけた質問(の一部)である.トーンとしてはネガティブな感じで,死刑実行を叫ぶ本村氏にどうしてそんな(かばうような)考えを持つのか,という意味に受け取った.どうしてネガティブな質問になるのかを想像したのだが,



『あなたともあろうものが』というような響きが感じられなくもない.そのように勝手に解釈すれば何となく嬉しくなるので(ある意味で買ってくださっていることになる?)、そのように考えておくことにした.そして『個人的な事情(経験)が有るのか』と.当然?全くない.
 実は,もうこれについてはあまり考えたくない.でもちょうどいい機会なので,ここまでを振り返って一区切りつけようと思う.その質問には『記事に書いてくれたら幸い』とあったが,これは個人的な事情があるならそれを書いてみてくれ,という趣旨だろう.それはないので趣旨に沿うことにはならないのだが,自分の考えの変遷をまとめる意味でいいかも,と思って書くことにする.やはり考えは変わっていくことを実感している.愚樵さんのいう『生命の本質』だ.
 その質問の中のコメントは単刀直入だった.
   『以前の連載『死刑考』は単なる一般論です。此れなら私にも出来ます。』
 ここに掲げたのは決して質問に対する不快感からではない.トーンはネガティブに感じるが,それは決して不快感ではない.ましてここで反論しようというつもりもない.ただ,このコメントを利用して自分の軌跡をたどる道標としたい.ご了解戴けると思う.

 2.『死刑考』シリーズのきっかけ
 実は3月の死刑考(続編)までは,今振り返ると信じられないのだが,光市事件のことは全く頭の中にない.この『死刑考』シリーズでは,単に前々から思っていたことをようやく記事にした,というにすぎないのである.宅間被告があっさりと死刑執行されたことが残念で,それと松本智津夫被告の長期裁判を念頭に置いて書いたものである(後述).そのメインの趣旨は, 『安易な死刑廃止論』に挑戦するつもりで,『死刑廃止論は遺族の再出発のことも考えた理論に高めて欲しい』ということと,『合法的な最大限の復讐とは何か』,ということをぜひ書きたかったのであった.
 この記事の日付をみると3月23日で,安田弁護士のすっぽかし事件がその直前にあったようだが,あとで気付いて完全な偶然であったことに驚いたものだ.すっぽかし事件はおろか,本村氏の『死刑にならなければ自分で殺す』という発言も知らなかった.少なくとも完全に私の頭の中から消えた状態だった.

 3.光市事件との関わり
 光市事件が私の頭すべてを占めるようになってきたのは4月18日付の『死刑考③』からなのである.それは,「世に倦む日日」の記事を見たためであった.その記事で本村氏の発言を知り,彼の死刑論と約1ヶ月前の『死刑考(続編)』で書いた私の復讐論がとてもよく似ていることに驚いたのである.この驚きは『死刑考③』から詳しく読み取ってもらえると思う.彼は被害者としての『魂の叫び』で主張している(と思っていた,または思っている)ことを,私はなんと自分の『想像力』で書いたのだ.(ただし,その主張を向ける相手は微妙に違っている.これは後述する).
 この,本村氏への関わりは,愚樵さんの『異常な』感覚の記事で望まずとも深くなっていった.その『感覚』が私には全く理解できず,とうとう考えるのをあきらめてしまった.しかし,最近になってご存知のように第2次議論期に入り,ようやく彼の言いたいことが想像できるようになったのである(お墨付きももらった^^;しかし,当時の彼の,『かけがえのないものはどこまでいってもかけがえのないもの』という言葉と私の『想像した表現』とはまだ結びついていない.でももう疲れたから今はやめておく).ただし,想像ができるようになったといっても,彼の受け取った感じを正しいと思うかどうかは別である.実はここで私自身,はっと気がついた.私はこれが判断できないのである.実は,この冒頭に書いた質問,『どうして本村氏にそんなにこだわるのか』に対峙した時に愕然とした.なんと,『私は本村氏のことを何も知っていないではないか!』

 4.本村氏との関わり
 私はワイドショーは見ないし,雑誌『正論』は読まない.そして,本村氏に関わるために,あちこちでなされたであろう彼の発言を集めて,一々吟味したこともない.そう,私は本村氏の個性というものを知らなかったのである.知らないでいろいろ主張していた.思えばこれは,ずぼらともいえるが,反面,本村氏を『凶悪犯被害者という一般名詞』として扱っていたことになる.だから,『彼に対する非難は彼の個性を超えた所でやってくれ』というようなことを言ったのだった.(ここで,『個性』とは,彼の発言の場での雰囲気,周囲のマスコミの持ち上げよう,彼の何かに取り憑かれたような細部の発言内容(例えば武士道など),云々を指す.)
 もちろん,母子殺害という『個別の事情』は知って書いている.しかし,それは『被害の個別事情』であって,被害者の個性ではない.『理不尽な目にあった被害者』の無念感情はどういう被害が一番強いか,などといえるものではない.そいう言う意味では被害者の誰を取り上げても同じことが言えなければならないはずだ.それで彼の個性を超えた議論を皆に求めたのであった.
 今思うと,私は本村氏の個性を知らないで議論してよかった,と思っている.なぜなら,被害者の個性そのもは逆に,犯罪被害者一般のことを考える際に邪魔になると思えるからだ.
 要するに,私はt『犯罪被害者一般のことを本村氏の名前を使って考えてきたのに対し,愚樵さんたち(つまり本村氏非難)は本村氏そのもののことを考えていたのだ.』

 5.結言
 『死刑廃止論』は未だに『被害者の再出発をも念頭に置いた死刑廃止論』へとは進化していないように思える.そういうものが可能なのかさえまだはっきりしていない.それにもかかわらず,私の死刑廃止への理解は『死刑考』シリーズを始める時に比べて大きく変化したと思う.『死刑廃止論』に対する機械的な反発は少なくともなくなった.底が深い議論か浅い議論かの区別がつけられそうな気がする.それだけでもずいぶんの進歩ではないだろうか.私自身,ずいぶんと背伸びしたけれども,自分の変化を自認できることは記事を書いて読者の皆さんと議論を交わしたおかげおかげだと思っている.建設的な議論ができて本当に良かった.感謝したい.

 6.付録・参考資料  便宜のため,参照記事を抜粋して載せておく.

  ①死刑考(続編)の私の記事の主要部分

 遺族の「復讐感情」が満たされるためには,死刑執行までの間隔が短いほどよい,とは必ずしも言えないと思う.・・・中略・・・.
 一生,毎日毎日,塀の中で強制労働をさせることだ.・・・中略・・・一人だけの労働で,独房生活だ.そのうち何が起きるか.きっと,ある日突然,すさまじい後悔,慙愧の念が沸き起こるはずだ.悔恨と被害者への申し訳なさに身悶えするはずだ.そういう雑念,「本当のつらい感情」をぜひ味わってもらいたい.そういう日が来るまで生かしておくのだ.そして,その日が死刑執行の日
 それまで遺族は再出発できないが,これは刺し違えの復讐なのだ.しかし,そうなったらもう遺族の感情も癒えているかもしれない.遺族の方から死刑執行の取り止めを嘆願することになるかも知れない.

 冒頭2行は宅間元死刑囚,あとは彼と松本智津夫被告を念頭に置いたものである.『そういう日』まで生かしておかなければならない,というのが私の主張の中核である.そういう『身悶えするつらい感情』を味わう日は必ず来るだろう,それは『真人間』になる日だ.その日に死刑執行をすることが一番の復讐となるはずだ,という主張である.ただし,そうなったらもう遺族の感情も癒えているかもしれない,のである.これらはすべて想像で書いたことあるが,当たっているだろうか.

  ②,「世に倦む日日」の記事中の本村発言引用部分

  死刑は廃止してはならない。死刑の意味は、殺人の罪を犯した人間が、罪と向き合い、犯行を悔い、心から反省をして、許されれば残りの人生を贖罪と社会貢献に捧げようと決心して、そこまで純粋で真面目な人間に生まれ変わったのに、その生まれ変わった人間の命を社会が残酷に奪い取る、その非業さと残酷さを思い知ることで、等価だという真実の裏返しで、初めて奪われた人の命の重さと尊さを知る、人の命の尊厳を社会が知る、そこに死刑の意義があるのだ

 上の私の記事ととてもよく似てないだろうか.ただし,私の記事との大きな違いに私は気付いている.本村発言には,『人の命の尊厳を社会が知る』とある.つまり,『社会に知らしめる』ことに大きな目的がある.しかし,私の場合は単に『復讐』にすぎない.死刑囚に思い知らせることである.当時は,私の主張に欠けている,この『社会に知らしめる』という思想まで含んでいることに私は感動したのかもしれない.私のは所詮,当事者でない者,そういう者が想像することの限界か,と思ったのかもしれない.しかし,愚樵さんから見れば,ここにこそ彼の異常さがある,と直観したのだろうか.

  ③愚樵さんの記事に書いた私のコメント

 ところで,『「改悛⇒ 死刑」の論は犯人に対する憎悪なくして出てくる論ではありません』の個所は,本村氏だからその論が出てきた,とおっしゃるのでしょうか.実は私も,拙ブログ『死刑考(続編)』で,乏しい想像力を総動員して,似たようなことを書いています.この時は本村氏の発言を知らず,宅間被告があっさりと死刑執行されたことと松本智津夫被告を念頭に置いて書いたものです.復讐を合法的に最大限晴らすのににはどうすればいいか,と.でも,本村氏と異なるのは,私は国民にではなく,死刑囚自体に思い知って欲しいと発想したことです.本村氏は死刑の意義を国民に知らしめるという意味,私のは単なる復讐です.でも死刑囚が真人間になったら,遺族がその執行をやめるよう嘆願するようになるかもしれない,とも書きました.


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by papillon9999 | 2006-06-30 12:33 | Comments(16)
Commented by 早雲 at 2006-07-01 20:38 x
ちょっと、主観を離れて、犯罪を考えてみます。
犯罪の形態は社会の有りように深く関わっています。
社会を「自動制御系」に喩えれば、犯罪は「エラー情報」です。
これは「帰還系」に戻して制御系を正常に作動させる必要が有るのでは無いでしょうか。
エラーをブロックするような行為は、最悪です。

Commented by DH at 2006-07-01 22:22 x
コメント、TBありがとうございました。

常々感じていることなのですが、死刑廃止派の方々はどうして「犯罪被害者救済は直接の関係は無い、別個の問題」「この問題は多数決原理には馴染まない」「死刑廃止論者は同時に平和主義者でもある」等々はじめから言わば「世論を敵に回す」ようなやり方をするのでしょう。

死刑囚に対する「さん付け」。一方で彼らの行った犯罪行為については全くと言っていいほど触れない。

このような批判を単に「感情論」として片付けないで、正面から取り上げてほしいと思っています。でも、むつかしいかな(苦笑)
Commented by papillon9999 at 2006-07-01 22:35
DHさんのここに書かれたことはまったく同感です。死刑廃止論に到達することが、精神的に崇高なレベルへ到達したことだと思ってる人がいるのでしょうか。
Commented by papillon9999 at 2006-07-01 22:56
早雲さんへ  おっしゃる譬えはなんとなくわかる気がします。せっかく起きた事件から教訓を何も汲み取ることなく死刑にしてしまうようでは、本当の無駄死にになるではないか、ということですよね。
それはそのとおりに思います。ところが残念なことに、今の裁判制度はそのようには決してなりません。弁護の目的が犯罪の意味を問い直して新たな犯罪の予防に資する、というようなものではなくて、一貫して被告の弁護にあるからです。どんな詭弁を使っても許されるのです。そこからは絶対に教訓は引き出せないと考えます。一番の問題はそこです。
更生の思想の目的は被告の『更生』であって、決して『教訓』の引っ張り出しではないのです。
教訓は裁判の当事者ではなく、他の誰かが(関心ある国民や優れた社会学者や教育者でしょうか?)が想像によって苦心して引き出すほかはないのが現状ではないでしょうか。しかし、的外れのことも多いことでしょう。
死刑制度をなくせば教訓の引っ張り出しがうまく行くというのなら重要な理由になりますが、それは期待できないのでしょう?
Commented by papillon9999 at 2006-07-02 13:57
犯罪をフィードバックデータとして有効に活用するためには、情報を公開しデータを社会で共有しなければなりません。しかし、更生に重きを置く思想では情報は公開しては困ることになります。社会復帰後に邪魔になるからです。これは今後ますます強化されていく方向にあります。
Commented by 布引洋 at 2006-07-02 14:09 x
死刑に対する自分の立ち位置(考え)を整理したい。
『子供を死刑に処すのは悪である』 理論的に証明するのはいくらでも出来るが 今回は感情的に。
子供(未成年)を処刑しようとする輩に 『お前ら 鬼畜か。何が武士道じゃ 江戸時代でも未成年は どんな重罪でも遠島以上の罪は無い 何処の時代の人間や』
死刑制度についての考えは EU諸国や多くの国々が廃止しているのは民主主義 人道主義を理由としていて 一見至極当然とも思えます。
私はこの民主主義胡散臭いと考えています。民主主義の前に『キリスト教的』が在る。神が与えた命を人が奪うのは悪であると言うキリスト教の考えが垣間見える。
何となく捕鯨禁止と重なる独善が感じられるのです。
人の命は命で償え、と言う人に対して、年間千人弱の殺人被害者に対して死刑囚は数人です。殺人犯を簡単にを死刑にすれば今の百倍以上に死刑囚が増えてしまう。
死刑は例外的な刑罰なのです。!!
どんな原理原則でも例外は有る。例外を論じるより大事なことは幾等でも有る。
犯罪論議で厳罰是か非かではなく、今緊急に必要なのは被害者家族の救護(支援)ではないでしょうか。(英国は日本の80倍)
Commented by papillon9999 at 2006-07-02 15:39
布引さん  『子供を死刑に処すのは悪である』という一貫したお考え,敬意を表します.私も頭では理解できます.きっとそれが正しいことでしょう.
問題はおっしゃるとおり被害者の遺族への支援です.加害者にはさっと弁護士がつくのに,遺族はほったらかし.一時金は200万円ぐらい?支給されるようですが,医療や生活に要する経済的な援助や精神的なケアには国は無関心ですね.
ある制限の下に,遺族は望めば加害者と面会できる,という制度を取り入れるだけでずいぶんと事態が改善されるかもしれません.(たった今の思い付きですみません)
欧米の死刑廃止論は『捕鯨禁止』と重なってみえる!また素晴らしい譬えですね!
Commented by 愚樵 at 2006-07-02 17:58 x
こんにちは。
ご指摘の通り、私は本村氏のそのもののことを出発点に考えていました。私の考えが本当に本村氏そのものなのかどうかはわかりません。わかりようもないのですけど、彼の発言等から垣間見える彼の立ち位置がどうにも気になって仕方なかったからです。
その出発点の是非はともかく、そこから死刑論一般にまで論考を広げようとしたのは、今から考えれば無理があったのかもしれません。まだまだ私の力量の及ぶところではないのでしょう。けれど、意味がなかったとは思いません。
その意味とは、早雲さんの仰るところのフィードバックではないか、と今考えているところです。彼の立ち位置と社会的影響は、どうも正のフィードバックにはなっていない。むしろフィードバックを妨げる要因になっているように思えるのです。
Commented by 布引洋 at 2006-07-02 18:07 x
ずっと以前から『加害者と面会』は考えていました。
自分が光市事件の遺族のM氏同じ立場であったとして,復讐(殺害)を決意したら、何を成すべきか。?
まず加害者に会いに行きます。どういう相手か知らないでは人殺しは出来ません。
自分が殺す相手を理解してこそ、成功が期待できます。

現行でも面会は可能だと思います。M氏は絶対に合いに行きません。手紙さえ開封しません。犯人の個別的事情、個人的感情は遮断したい事柄なのです。
わざわざアメリカに行って死刑囚には合ったそうです。日本人死刑囚には絶対合いません。支援者の入知恵があったのでしょう。
人殺しは、汚く醜い ちから仕事ですが彼は自分の手を汚したくないのです。みんなは格好良い彼に幻惑されているのです。
絶対に会いに行かず『セイサイ』『セイサイ』と叫ぶ、拉致家族に良く似ています。
私には『セイサイ』『セイサイ』が『センソウ』『センソウ』に聞こえてしまうのです。
Commented by 愚樵 at 2006-07-02 18:10 x
死刑を廃止することが社会にとって正のフィードバックになるのかどうか、私には未だ結論は出ていません。死刑廃止の方向で考えたいという気持ちはあるのですが、私はヒネクレ者なのか、自分の気持ちに素直に論を展開するのが嫌いです。
被害者家族の支援については、もっともっと議論され、検討されるべきだと私も思います。ただ、これも正のフィードバックになるよう配慮が必要でしょう。経済的援助については犯罪被害者いかんに関わらず困窮している者には救いの手を差し伸べるべきですが、精神面での援助は検討を要すると思います。これも本村氏を例に取ると、彼に今差し伸べられている有志たちの精神的支援は、正のフィードバックになっていないと私は考えます。やはり私は、彼に必要なのはまずカウンセリングだと主張したいです。
そして「諦め」の方向へ導くこと。この部分は、今後もおそらくは揺るがないでしょう。
Commented by 愚樵 at 2006-07-02 18:23 x
死刑論一般を論じるのは困難な課題といわざるをえません。死刑とは国家と個人との関わりが如実に現れる現象であり、ここを論ずることは国家を個人の関わりを論ずることに繋がるからです。
そういった観点からすると、布引さんの民主主義を胡散臭いとの指摘は重要です。死刑を執行するのに当たって背景にあるのは国家という暴力ですが、死刑を廃止するにしても背景となるのはやはり暴力です。その暴力を担保するものは何なのか? 神か? 仏か? これらの存在が暴力を担保するとは矛盾に満ちた話です。
Commented by papillon9999 at 2006-07-02 19:30
 愚樵さん  コメントありがとうございます.ようやく愚樵さんと同じ出発点に立った感じがします.でも,この先は私の手には負えない感じですねぇ・・・
フィードバックという点ですが,これは当然やらなければなりません.
ただ,『犯罪は環境の所為』ということが余りに行過ぎると,今度は逆に『社会浄化思想』のようなものにつながっていかないかと心配しています.今は,犯罪者を切り捨てることが『社会浄化思想』への危険があると思われていますが,これの逆の心配も私は感じています.今度はこれを少し考えてみようかな.
そして,フィードバックシステムと更生システムの両立が可能かどうか,についても.
最近は終身刑も残酷だという話が浮かんでいるようです.捕鯨禁止やペット溺愛の延長線上にあるような(ペット溺愛はまたちょっと違うかなぁ・・・)
Commented by papillon9999 at 2006-07-02 19:42
布引さん  今面会は被害者遺族も含めて誰でもできるのですか?どうも私はこういう基本的な事実を知らずに,議論を重ねているようですねぇ・・・すべて想像で議論してる,これを身の程知らずと言うのでしょうね.
でも更生の思想からは遺族は加害者に会えないような気がするのですが(少なくとも未成年は).だって,いつ更生施設から出てきたのか知らされない,という遺族の話をよく聞きますよ.
ところで,横田めぐみさんはもう生存していないでしょうね.金英男氏が公の面前で嘘を言っても,家族には本当のことが伝わるでしょうから.
だから横田夫妻はもう覚悟しているはずですね.それをいつまでもめぐみちゃんめぐみちゃんと言っているのはやはり政治的な意図が大有りなんですね.私はあの金氏の会見でようやく納得できました.
Commented by 布引洋 at 2006-07-03 11:24 x
被告の人権は制限されますが、一定限度の自由(面会権)は有ります
加害者に会いに行った遺族は数少ないでしょう。加害者を殺害しょうと企てる遺族は殆んどい無いでしょうから
加害者の死を『考える』ことと、『計画する』ことは、全く違う事柄です

ネットウヨ(一般の人々も)はM氏と同じ境遇なら同じ『考え』が浮ぶだろうと考え、熱烈に支持するのです
『考え』と、『計画』が、全く違うものだと気が付かないのです。

日本は裁判は被告を裁くのですが欧米先進国では検察を裁くのです。
被告が疑問の余地無く、被告以外が犯人である可能性が無いと証明し手続きに間違いが無いことが要求されます。

犯罪をフィードバックする考えは、労働災害や自然災害、航空機事故の防止対策と通じる、建設的(積極的)な殆んど唯一の犯罪対策でしょう。
犯罪厳罰化は、此れと対極にある考えです。(航空機事故では関係者は免罪の上、すべてを証言する)
早雲さんの指摘どおり『エラーをブロックするような行為は、最悪です』

人権問題だった拉致事件がブッシュ大統領との面会から完全な政治問題に格上げされました。現在の家族会救う会は政治団体と考えています。
Commented by papillon9999 at 2006-07-03 12:51
ヘギョンちゃんに会いに行かないのも,行ったらそれで真相が確定して政治ショーが終わるからなんですね.きっと.
Commented by 布引洋 at 2006-07-03 16:46 x
ヘギョンさんが叔母の金英子さんに、母親の恵みさんの事を聞かれ『なにも知らない』と答えたとして、嘘をついていると読売、サンケイ、朝日テレビが例によって北朝鮮の謀略,非道をコメンテータやニュースキャスター家族会が繰り返し繰り返し非難していました。

同じ報道が毎日放送では、金英子さんに聞かれたへギョンさんは黙って首を横に振った。辛そうだったのでそれ以上聞けなかった、と報道しています。
戦時下の北朝鮮に暮らし、敵国(アメリカ)の同盟国(日本)の実の祖父母が制裁をブッシュ大統領に頼み込む状態で、いったい何を彼女は喋れるというのでしょうか。へギョンさんが哀れです。

毎日放送で韓国家族会代表が、従軍慰安婦や植民地被害を認めない人達と一緒に活動は出来ないと発言しています。
午後の放送では全ての局が、4年前は雄弁に母のことを喋ったのに、今回は嘘を喋っていると報道しています。
4年前へギョンちゃんが泣くのは可笑しいと報道していました。
今回、金英男さんが泣かないのは可笑しいと報道しています。何としても緊張状態にして置きたい人達がいるのでしょう。