アルバイシンの丘
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随想や意見,俳句(もどき)

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刑罰と更生(修正版)
最初のバージョンは二つの文をつなげて作ったために,論理のつながりがうまくないところがありましたので少し変更しました.下線で挟まれた部分の一部です.
=============== 
 私ごときには手に余る,ということでこの件に関しては考えたくなかったのだが,また関わり合って悩むことになってしまった.まあ,一段落するまで書くか.
 私は安易な『犯罪者擁護論』を危惧している.「安易な」という条件が付くことは強調しておきたいが.刑罰は必要なのか,なぜ必要なのか,何のためなのか,改めて確認しなければならないようだ,



以前の個人の武装と国の武装と言う記事で書いたように,国民の生活レベルにおける治安は,個人の武装を認めない限りはやはり警察力に頼るほかはない.自分の身を自分で守る術がないからだ.これは国家権力の介入云々とは関係のないことだ.そうでなければ,自警団や私刑ということが罷り通る世の中になる.(警察力が抑圧装置にならないよう監視しなければならないことは,また別の問題であると思う).
 犯罪のない世の中にしよう,という努力も限界があるはずだ.凶悪犯罪は必ず起きる,あるいは起きるかもしれないことを前提において社会の仕組を作る必要がある.これは性悪説だ.大体からして,日本国憲法自体,権力とは憲法や人権をを踏みにじりたがるものだ,という性悪説に立って出来上がったものではないか.我々はそういう性悪説に立って,常に権力の暴走を止めなければならない.

 さて,凶悪犯罪の発生を予防する懸命な努力にもかかわらず,それが起きた時どうするか.そこにはその時代,その地域に於ける相対的なものとして約束事=刑罰が存在する.その約束事は厳格に(厳罰,と言うことではない)実行されなければならないものだ.厳格さが失われたら約束事として意味が失われるからだ.しかしながら,現行のシステムではこの厳格さに対する信頼感は非常に希薄なのではないだろうか.この理由は,この約束事が『更生』に重きを置いているからではないかと思っている.
 私は『更生』ということに問題点を感じることが多い.更生には限界があるだろうし人によっても違う.更生させてやろう,と言うのもおこがましさを感じる.さらに,誰が『更生が完了した』と判断できるのか,ということもある.そんなものは取り繕うこともできようし,客観的な点数が付くようなものではない.このように,更生を求めるシステムにはどうしてもあいまいさが伴わざるを得ないのである.私が『安易な擁護論』に不快感を感じるのはこのあいまいさに対して寛大すぎるからだ.
 するとどうしたらいいのだろうか.私はむしろ更生というより刑罰に徹した方が健全なのではないか,と思う.サッカーで言えばイエローカードやレッドカードやPK,あるいはアイスホッケーのように一定の時間,外に出る,そういうような感覚で約束事を導入したらどうだろうか,ということだ.このようなシステムは更生というより刑罰といっていいものだろう.
 無論,今のシステムでもそういう面は確かにある.しかし,本流は更生だ.だから更生が認められた,などというあいまいな基準で刑期前に出てきたり,更生する間もなく刑期が終わったりする.しかし,うろ覚えの数字で申し訳ないが再犯率は30%程度あるのではないだろうか.特に性犯罪は必ず繰り返されるという.更生に重きを置く限り,こういう再犯には対処できない.なぜなら,刑期終了とともにすべてチャラになり,その後の干渉が許されないようになるからだ.
 刑罰に徹すればどうなるか.出所後の義務も刑罰の中に含めればよい.米国にあるように,半径何キロ以内に近づいてはならない,とかGPS装着義務とか,課せられるのだ.これは人権侵害には当たらない.シャバを刑務所代わりにしたと思えばいいからだ.その分,刑務所で過ごす分を減らせばよいだけの話だ.無論,こういうことは更生思想でもできないわけではないだろうが,それはすでに刑罰思想といっていいだろうと思う.

 そういう刑罰が,死刑まで行きつくべきかについては議論の余地がある.これもその時代,その地域での文化の一部であり,社会的合意事項である.しかし,いったん死刑まで合意したのであれば,それは厳格に実施すべきではないだろうか.いや,私の言いたいのは,実施すべき,ではない.実施すべきだと主張する人がいても仕方がない,あるいはそういう人の存在を認めるべきだ,と言いたいのだ.
 ここで本村氏を当てはめると,彼はそれを主張した人だ.するとそれにどっとマスコミが群がり,彼の発言を大々的に取り上げ広めたわけである.彼の論理はマスコミや大衆の『俗情』を大いに刺激することになった.彼は布引さんの言を借りれば『巨大な力を得た』のだ.これに我が愛すべきブロガー達はものすごい違和感を感じたのである.というこういう構図でいいのだろうか.
 私は本村氏が死刑を要求したり,結果的に巨大な力を背景にできた,という点にはなんら批判的ではない.その理由は,すでに書いたように彼が『刑罰を厳格に適用することを求めているのだ』というように理解・解釈するからだ.しかし問題は,彼の言う論理で以って死刑を正当化する,ということが危険なのではないか,ということなのだろう.しかし,もうこれに関する考察はやめよう.疲れた.

 無期懲役と終身刑とあるが,今のように考えてきて気付いた.(正しいかどうか知らないが)無期懲役は『更生の思想』,終身刑は『刑罰の思想』なのではないだろうか.だから,無期懲役は刑期が決められてないだけで,出所可能であり,終身刑はそういう刑罰なので全うするしかないのだ.きっとそうだ.そして死刑も刑罰ではなく,更生ができない,として棄てられることなのではないだろうか.それゆえ,死刑や無期懲役の代わりに終身刑を導入することは結構難しいかもしれない.文化が根本的に違う.

 最後に私自身のスタンスについて,今の考えを書いておきたい.私の脳もまだまだ変わる.私は怖い.自分自身が加害者になる可能性があることについて.私は殺人者になる人は特殊ではないような気がする.成り行きで殺人に至ったり,ふとした間違いで人を大量に車ではねたりすることがあるかもしれない.すると,場合によったら,運が悪かったりしたら,客観的に非常に凶悪な事件と写るかもしれないではないか.自分は絶対に凶悪な人間ではないことは自分自身が一番よく知っている.でも一般国民には凶悪犯人に見えてしまうかもしれない.そして死刑,死刑と叫ばれて死刑になったらどうしよう.
   これも広い意味で冤罪と言えるのではないだろうか.
 私はこの一点だけで死刑制度には疑問であることを主張するだろう,(これは初めの死刑適用容認から少しずつ変化してきた結論だ.)本村氏が言っていた.知人で人柄をよく知っている人が殺人で捕まっても彼をかばうだろうと.
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by papillon9999 | 2006-06-26 18:53 | Trackback(5) | Comments(25)
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タイトル : 国家の殺人――死刑に関する覚え書き
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Tracked from とくらBlog at 2006-06-27 07:51
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Tracked from 愚樵空論 at 2006-06-28 05:55
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――不景気対抗策の過去、現在 原題 No Pain, No Gain?  ――The case against recession, past and present.  昔むかしのこと、人口の密集したとある島国がありました。自然資源のとぼしさにもめげず、はたらきもので利口な彼らは、世界の主な工業力のひとつにまでのし上がりました。けれど、やがて魔法の力の効きめが切れるときがやってきました。加熱した好景気が、10年近くも長引く不景気にとってかわられたのです。かつては経済職人とまでよばれた...... more
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Commented by 華氏451度 at 2006-06-27 02:38 x
TBありがとうございました。この問題は本当に難しい。私も自分なんぞには手に余る、と思いつつ……ついブログで取り上げてしまいました。無期懲役は更正の思想、終身刑は刑罰の思想、ですか。なるほど。その辺は考えたことがありませんでした。
Commented by 布引洋 at 2006-06-27 18:16 x
刑罰の話ですが、法の中の法憲法に、刑罰は元々書いて無いのです。
法律は個人を縛る(規定)もの。
憲法は国家を縛る(規定)するものなので、国家は縛ることは出来ても、罰することは出来ないということでしょうか。
聖徳太子の17条の憲法を憲法と言うのは論外で、やはりイギリスでの名誉革命以後のマグナカルタあたりが最初と考えれます。
国家(国王)の権力をいかにして市民(議会)が規定(制限)するか(出来るか)が憲法の精神でしょう。
元々国家(国王)は無制限な権力を持っていたのです。其れを縛ったのが憲法です。
今でも英国では国会正面にはクロムゥエルの銅像が立ち、正面に見えるバッキンガム宮(国王)と向かい合っています。
国家権力(国王)と議会(市民)は、真正面に向かい合うものなので
す。
日本はどうなっているのか地図を調べると国会は東北方面を向いていて、皇居(江戸城)は斜め左にあり、正面ではありませんでした。
(まさか奥州列藩を睨んでいる訳ではないでしょうが)
Commented by papillon9999 at 2006-06-27 18:39
憲法に関してはおっしゃるとおりに私も理解できています.それにしても議事堂の向きとは面白いことに気がつかれましたね.実は私も早速地図を見てみました.すると,何と,議事堂はアメリカを向いていますよ.それも大圏コースで.最短距離に近い方角だと思います.
Commented by papillon9999 at 2006-06-27 18:58
ひょっとしたら『性悪説』を憲法と一般の法律に同じように当てはめて考えることへの疑問を示されたのでしょうか?つまり,国家は性悪説にとっていいが,一般国民を性悪説で考えることへの疑問でしょうか?
もしそうであれば,性悪としなくても,必要悪程度に考えていただければいいと思います.
Commented by 布引洋 at 2006-06-28 11:13 x
無期懲役と終身刑で記事で映画パピヨンのラストエピソードを思い出しました。
孤島の監獄から脱出して自由人として死んだ主人公と、脱出せず穏やかな一生(死)を望んだ贋金偽造の老犯罪者
あの時かっこいいマックイーンよりも冴えないダスティホフマンにより多く感情移入してしまいました。

『更生』と『刑罰』の対比なら無期と終身ではなく懲役刑と禁固刑の方が良いのではないでしょうか。

憲法の話に持っていったのは記事の内容を誤解したからではなく、記事の最後の話から筋道を離そうとしたのです。
弱点、欠点を持っていない者は一人も無く、厳密に責任を追及すれば誰おも免れえぬからです。話が危険な水域に入っています。
Commented by 布引洋 at 2006-06-28 12:08 x
冤罪の話ですが、裁判では有罪率99・8%以上で、現在日本では警察に検挙された時点でほぼ世間では有罪と見なされます。

秋田県藤里町の事件では数々の疑問、不思議があるのですが全て容疑者女性の責任にされています。
裁判では疑問点は被告の利益なのですが、現在は容疑者の責任(警察の利益)ななっています。(不思議です)
この事件が冤罪かどうかは判りませんが、冤罪を生む全ての要素が今回の事件に存在します。

「どん底あるいは青い鳥」「観劇レビュー&旅行記と日記」など極少数のブログが冤罪の危険性を指摘していますが、インターネット世界では異端ともいえます。
時間に余裕が有りましたら、事件に対する観想をお願いします。
Commented by papillon9999 at 2006-06-28 13:21
まず最初の方ですが,『パピヨン』は映画ではなく,ずっと昔,少年サンデーかマガジンに連載されていたのを憶えています.最後はよく憶えていません.孤島で一生終えても本人がよければいいじゃない,というのはそのとおりですよね.これは宗教にもいえます.ヘンな宗教でも社会に害悪を流さない限り,宗教生活は本人がよければそれで幸せかもしれません.ヘンな宗教でなくてもそうですか.
懲役刑と禁固刑はどのように違うのですか?禁固は罰ですかね.理念はともかく,実態はどう違うのでしょう?
最後の,2行の意味がよくわかりません.危険というのは,刑罰に徹するということが一人歩きしたらどうなるかが心配,ということでしょうか.私もそれは感じていますが,その歯止めを担保するということはまあ前提にあるわけです.検討の結果,担保する方法はない,となれば話は別です.
Commented by papillon9999 at 2006-06-28 13:48
冤罪は他人事ではないと考えます.警察権力が抑圧装置として威力を増してくると,特にそうです.冤罪ならば,皆自分事として考えることができるはずです.冤罪ということは,無実なのに有罪,という意味だけでなく,量刑不当も含めて私は考えます.懲役10年の犯罪なのに,誤解で死刑判決を受ける,という場合も含めて考えたいのです.もちろん,この逆もありますが,軽くなる方はまあ,見逃しても仕方がないでしょう.
秋田の事件は和歌山のカレー事件に雰囲気が似てませんか?近所中から疑われている所が.
私の勝手な推理,というものは持っていますが,ブログで公表するほどの根拠はありませんから,ブログで触れるのは遠慮しています.冤罪の危険性というのは常にありますが,この秋田事件でも例外ではないと思います.
ご紹介のブログも拝見しました.なるほど,こういう方々もおられるのですね.冤罪を防ぐには権力側をこれぐらい疑ってかかることが必要ということでしょうね.
『ほんとにそうか,と確認すべきこと』が,具体例に直面するとわからなくなりがちですね.北朝鮮のテポドンもそう.
Commented by 布引洋 at 2006-06-28 15:30 x
懲役刑は懲らしめに役(労働)をさせる刑で、強制労働が義務ずけられます。禁固刑は拘禁されるだけで強制労働は有りません。
懲役刑には職業訓練や規則正しい生活で社会性を養うと言う『更生』の側面が多きのです。
労働には役立つものを自分で作る喜びも有るでしょう。更生して社会復帰する重要なステップです。
懲役刑は犯罪者を鍛えなおして根性を入れ替える『更生』を目的としています。
禁固刑は政治犯などの更生を目的としない犯罪にも適用されます。
ちなみに死刑囚も労働しません。刑罰は処刑でそれ以外は無く、それまでの時間拘禁されるだけです。

ネルソン・マンデラなどの政治犯を精神的に追い詰める為(精神的拷問)わざと無意味な重労働(大石を動かし翌日元の位置に戻す)をさせる例も有るようです。
Commented by 布引洋 at 2006-06-28 16:13 x
秋田で男児が行方不明になった時母親が疑われると思い、非常に不愉快でした。
過去の冤罪事件との共通点(類似点)があまりに多く恐怖を感じています。
カレー事件との類似性よりも、色色なバッシング事件との共通点も多く見えます。(政治性は有りませんが)
ブログ管理者は冤罪を疑いマスコミと警察を非難する記事に、ネットウヨの嫌がらせを心配していましてが全く有りません。
ネットウヨの嫌がらせは政治的かつ恣意的です。極少数の政治的グループでしょう。(統一協会、作る会など)

テポドンは150年前、マルクスが共産党宣言で言っていた妖怪のようです。 妖怪が世間を徘徊しています。
Commented by 愚樵 at 2006-06-28 20:12 x
こちらにもコメントさせていただきますね。
私も本村氏が死刑を要求することについては、なんら批判的な意見は持っていません。また彼が最初の記者会見で「自分の手で殺す」というような発言をしたとき、私は彼の発言を支持はできないものの、もし実行してしまったら擁護にまわりたい、そんなふうに思ったものです。
彼の個人的な情念は、正しいか間違えているとか、そんなことは別にしてやはり心を打つものがある(そういえば、「なぜ心を打つのか」の考察を(3)で行わなかった...)。個人の情念としてはいいのです。
けれど、彼の発言は徐々に社会性を帯びてきます「厳格に法を適用することを求める」という発言は、社会性を十分意識したものです。
ここは「厳格に」という言葉の解釈の仕方でもあるのですが、これは「より厳しく」でしょうかそれとも「より客観的に」でしょうか? 「厳格に」の対象が法である以上、ここは「より客観的に」でなければならないはずだと私は考えます。ところが遺族である本村氏に「客観的」ということは不可能でしょう。ということは「厳格に」は「より厳しく」、つまりは厳罰化を求めるということになります。
Commented by 愚樵 at 2006-06-28 20:17 x
私が彼に疑念を持ち攻撃するのは、客観的でありうるはずもないのに、そうであるかのごとく振舞うように思えるからです。今の彼は、自分に与えられたポジションを十分自覚して発言を行っているように見えます。そう仕立て上げたのはマスコミですが、彼もそれを受け入れています。彼は自分の個人的な怨念を合法的に晴らそうとしている。「更生した後に死刑」なんて、そうと以外私には受け取れないのです。
ですが彼は、基本的には弱者です。今の彼を私は強者と規定していますが、これは仮初の姿でしかありません。
Commented by DH at 2006-06-28 20:27 x
はじめまして。拙ブログへのコメント及びTBありがとうございました。

他人の生命を己の欲望のままに故意に奪った者が「償う」とはどういうことなのか、簡単には結論は出せません。死刑に処せられるにせよ、そうでないにせよ、厳密な意味では償えないのではないだろうかと思います。

加害者にできることはただひたすら反省し謝罪すること、詫びることぐらいしかないのかも知れません。その際被害者(遺族)がその謝罪を受け入れることをむしろ期待しない方がいいと思います。


>私は安易な『犯罪者擁護論』を危惧している

同感です。「強大な国家権力VS無力化された犯罪者」というような図式に余りにも囚われすぎると、重大犯罪者ですら一見ある種の「弱者」に見えてくるでしょう。

もちろんあくまでも法に則って裁かれるべきであって、情緒的短絡的な反応は避けるべきですが、「加害者もまたある種の被害者である」というような安直な擁護論には共感を覚えません。


Commented by papillon9999 at 2006-06-28 20:55
DHさん,初めてコメント戴き,ありがとうございます.「償う」とはどういうことか,私も考え込んでしまいました.そうですね.原理的にはできないことなんでしょう.せめて『生き永らえさせて戴いてすみません』と思って欲しいものですが.
日本国憲法を尊重しておられる人たちの間で,『私は安易な犯罪者擁護論を危惧している』と書くのも結構勇気が要ることのように思えます.
Commented by 愚樵 at 2006-06-28 22:08 x
今、気がついてひとつ追加。
>私が彼に疑念を持ち攻撃する
といったとき、私は彼の中の「意識」と「生命(情動と同じだと思う)」を分けています。私が違和感を感じるのは彼の「意識」であり、彼が陥らざるを得なかった今の彼の生命の姿には、同情を禁じえないものです。つねづね主張する如く、彼の生命は現在、異常な状態、言い換えれば病気ですが、こうなった原因は彼にはありません。ですが、彼の「意識」、いくら異常な生命の姿から影響を及ばされているとはいえ、これは社会性をもち、他の社会の成員に影響を及ぼします。ですからこれは非難せざるを得ない。
いかに理由があろうとも「罪は罪」。この構造は彼の死刑論と同じかもしれません。
Commented by papillon9999 at 2006-06-29 00:29
上のほうの愚樵さんのコメント,気付きませんでした.すみません.
『社会性を帯びてくる』ということは『純粋でなくなっている』ということですね.

純粋でない=本当に心から死刑を叫んでいるのではなく,ある意味で死刑にまで持って行けるかどうかのゲームをしている

と言い換えることができるのですか?ちょっと愚樵さんの感覚が鋭すぎるような気がするのですが・・ ^^;
Commented by 愚樵 at 2006-06-29 05:05 x
>ゲームをしている
そういう表現もありか、と。ただしゲームをするのは意識です。これは本村氏だけでなく我々もそうです。意識はそういったことしかできないのでしょう。
Commented by papillon9999 at 2006-06-29 14:08
もう一つの方のコメントと上のコメントを合わせると,愚樵さんのお姿,形は次のようになるのでは,と考えてみました・・・

1.『意識』とは頭の中で考えたこと(頭に浮かんだこと)であって,魂の叫びではない.

2.本村氏は『ある役割』を演じさせられている,あるいは『主演』を自認しているのではないか,ある種のヒーローを.一種のゲーム感覚と言っても良い.

3.変わり行くもの=生命を『意識』では想像できない,あるいは捉えることなどできないはずだ.

もし当たらずとも遠からず,なのであれば,ようやく愚樵さんのおっしゃりたいことがわかったような気がします.外国でようやく相手の言いたいことがわかった時のようです.
Commented by 布引洋 at 2006-06-29 14:10 x
<彼の「妻子の恨みを晴らす」という発言には、オレの持ち物を奪いやがって、といった種類の怒りを感じて、女性としての被害者感情とは遠いものを感じてしまう>

水葉さんが書いた記事の一部分ですが、本村氏の武士道的発言に対する違和感を感じているのでしょう、女性らしい感性の閃きが見られます。
本村氏の武士道も、数学者の藤原氏(国家の品格)の言う武士道も、一理有るとは思いますが決して一般化すべきでない道徳です。
武士道(朱子学)の元々持っている反進歩、反民主主義、女性蔑視、差別思想を固定化する等後ろ向きの考えに、気が付いています。
私達男は、武士道の持つ肯定的イメージに気がとられて否定的側面を忘れがちです。
Commented by 愚樵 at 2006-06-29 17:55 x
とても上手くまとめられたと思います。自分自身の考えであってもこれほど上手くはまとめられませんです、ハイ。

僭越ながら、1.について少し私なりの注釈を。
意識は魂の叫びを受けて、何か「変わらないもの」を探そうとします。これが意識の本性で、ごくごく普通に見られる動きです。「哲学」なんてのも、そういう意識の動きです。
で、そういうときの意識が何を見つけてくるかと言うと、これはわからない。予測不能です。たぶん「出会い」と一緒です。
Commented by 愚樵 at 2006-06-29 18:01 x
さらに僭越ながら、もうひとつ。3.において、
「捉えることが絶対に出来ない」、とは考えていません。
孔子が七十にして達したという「従心」の境地「心の欲する所に 従えども矩を踰えず」がそれに相当するのではないかと。もういちいち「意識」しなくてもよくなってしまった、と。
Commented by papillon9999 at 2006-06-29 20:15
布引さん  本村氏も武士道の話を持ち出しているのですか?仇討ちのようだから武士道のように見えるのでしょうか.本村氏の武士道はよく知りませんが,藤原氏の国家の品格の論理は『立派に破綻』しています.私は読んだことありませんが,宇佐美保氏のウェブを読むとそれがよくわかります.
Commented by papillon9999 at 2006-06-29 20:31
愚樵さん  <とても上手くまとめられたと思います
そうですか・・・なんと深い感覚をお持ちなんでしょう・・・私にはとてもそういう感性・感覚は備わっていませんですねぇ・・・でも想像で辿り着けてほんとによかった・・・今はとりあえずこれだけです・・・
Commented by 布引洋 at 2006-06-30 15:08 x
6月26日発売の週間新潮に手記が載ったそうです。
グログ名 反米嫌日戦線「狼」美ハ乱調ニ在リ
6・26【遺族本村洋さん】死刑制度は武士道に通じた崇高な制度で日本文化に合致

死刑制度は武士道であり、死刑制度を廃止した国は、人の命を軽く見ている国だ!!
文春や新潮を儲けさせたくないので買いませんが、感想は・・・・・言う言葉が見つかりません。


Commented by papillon9999 at 2006-07-01 16:13
こういうところは確かに『何かに憑かれてきた』ような感じを受けますね.ぜひ私の新しい記事をご覧いただきたいと思います.