アルバイシンの丘
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随想や意見,俳句(もどき)

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不毛なバッシング
 光市殺人事件の記事が,先日の最高裁差し戻し判決を受けて,再び活発化している.不思議なことに,私が眼を通すブログはほとんど犯人の死刑には反対のようである.驚いたのが,『お嬢さま、死刑廃止論を考える』である.『戦争などについてはやむをえないと考える人のほうが死刑死刑と騒いでいるように思います』とある.どうやら小泉やイラク戦争支持者たちと死刑賛成者が重なっているようだ.確かに,少年法の理念は我が憲法と相通ずるものがある.それでこのような重なりが生じているのだろうか.



 ところが,その所論をよく見ると,多くは本村氏に合わせて反論していることに気付くはずだ.つまり,本村氏個人の個性,あるいはこの事件で取った行動という特殊事情に対する反感や嫌悪感なのだ.下手するとバッシングに近いものだ.決して一般論的に,『反死刑』の正当性を論じたものではない.これは非常に危険ではないだろうか.
 私にはこれに関する思い出の記事がある.高遠さんたち三人に対するイラク人質バッシングだ.人質として命をまな板の上に乗せられた状態で,彼らの家族が人質解放のために(恐れ多くも)国家の政策の変更を要求した.この時にすさまじいバッシング起った,と記憶している.これは主に小泉支持側からだと思う.小泉支持者たちはこの時,『命を楯に取ったって国家の政策に逆らうことはできないのだ!』と言いたかったに違いない.
 私は人質家族の訴えに,本村氏と同じものを見出す.人質とはいえまだ生きている者とすでに殺害されてしまった者との違いがあるが,『命』の点では同じだ.あるいはまだ生きている場合は『命』を楯に取ってもいいが,死んでしまったらすでに『命』がないからいけないのだろうか.死んでしまった場合にはまだ生きている犯人の命が大事だ,と言いたいのだろうか.そうかもしれない.しかし,それを絶対死刑廃止論者が主張するのはよくわかるが,そうでない人でも本村氏に対する嫌悪感が先にたってそれを主張しているのがすこぶる気になるのだ.だから後に書くように,犯人がもっとたくさん人を殺していたら,という問いかけをしてみたくなる.どのくらいの殺人と犯人の命がつりあうのか,と.
 私は人質(家族)バッシングが間違っているのと同様,本村氏へのバッシングも間違っていると思う.これでは不毛だ.イラクではそれからほどなくしてまた人質になり,殺害されたジャーナリストの痛ましい事件があったが,家族は怨嗟の一言も挙げられなかった.本村バッシングは,また同種の事件が起っても遺族は犯人に対して何も言えなくする恐れがある.

 問題は本村氏の個性にあるのではないと思う.個性を超えたところに結論を見出さなければならない,と思うのである(これは死刑要求側にも言える事である).たとえば次のように事情が異なったらどう考えればいいのだろう.
 ・もしこの犯人が他にも殺人を重ねていたら?(あと一組でも二組でもよい) つまり,この犯人がもっと多くの人を殺していたとしても,同じことが言えるか?私には,殺されたのが(たった)二人ではないか!と見くびっているように見えるのだ.
 ・もし本村氏が饒舌ではなく沈黙を選択していたら?声高に死刑を主張せず,違和感を感じないで済むように遠慮深かったら?
 犯人がもしもっと多くの殺人を犯していたら?という質問に対し,愚樵さんは『(仮想)敵国が軍備を増強したらどうするか』 というのと同じ類の質問だと取られた.私は自分の記事で『いきなり外国が攻めてきたらどうする』という質問に対しては,『反論不能の詰問』であり,『そうならないようにするのが大事』という趣旨のことを書いた.しかし,『この犯人がもっと多くの殺人を犯していたら』,あるいは『三組の母子を強姦殺人した未成年の事件が生じたとしたら?』というのは当然ありうる話であり,そういう仮定にも耐えうる議論が求められるはずだ.(尤も,個別性のない事件はないのであるが)
 『本事件では死刑はいけない』という根拠について,最も正当性・一貫性のある主張は布引さんの『未成年だからいけない』という主張だと私には思える.

愚樵さんの『強・弱の論理』という興味深い考えを加えた考察をやってみたいので,まだ続く.
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by papillon9999 | 2006-06-25 23:59 | Trackback(3) | Comments(22)
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Tracked from とりとめのない手紙 at 2007-04-18 22:04
タイトル : 私の死刑観
私は死刑に賛成です。日本では大部分の人が私と同意見だと思いますが、理由を問われると体系立てて答えられる人は少ないんじゃないでしょうか。なぜなら日本では、学者・言論人の多数が死刑廃止派で、学術・言論分野では死刑制度を批判する意見が趨勢(すうせい)を占めており、専門レベルで死刑制度の妥当性を構築していこうとする試みがほとんど行われていません。よって今の日本では、死刑制度は、一般の人々の圧倒的支持があり... more
Commented by 布引洋 at 2006-06-26 11:53 x
『バッシング』の定義は、過半数以上の絶対多数で少数の弱者を叩く(非難)することです。
強大な強者が叩くのが、もう少し小さい強者の場合には紛争、闘争、騒動、争い等と呼ばれバッシングとは言いません。

上の定義が正しいとすると安部晋三も強者なので違います。
本村氏は警察署長や検事などの権力を持った個人では無いので明かに弱者です。
しかし今、全てのマスコミと最高裁までが本村氏を応援していま
す。
ブログ世界でも圧倒的多数派です。『世に倦む日々』などは本村氏を将来の首相や最高裁長官に推薦しています。
被害者を聖女に、被害者家族を聖人にしています。彼は明かに巨大な力を手に入れました。
華氏451度や愚樵空論等の極少数のブログがこの流れに違和感を感じ疑問を表明しているでけです。
バッシング対象者は普通、非国民扱いされたり反日分子、極悪人、等の感情的非難を浴びますが、本村氏は違います。
華氏さんや愚樵さんは本村氏の立ち位置に疑問を感じているだけです。悪人とも何とも言っていません。
バッシングしているのはマスコミや最高裁でしょう。18歳の子供を私刑にする為に犯人の少年を人間ではない悪魔と描いています
Commented by papillon9999 at 2006-06-26 13:16
布引さん  バッシングの定義はよく知りませんが,言葉としては『非難』,『中傷』と変えてもいいですよ.不思議なことに,私の見るブログでは本村氏『非難』がほとんどです.本村氏に対して『傲慢』,『何様だと思っている』,といったような人格攻撃に近いものが見えます.ブログで見る限り少数派とは見えないのです.ひょっとしたら,死刑を声高に要求する本村氏を擁護したい人は,『命を最優先する』被告の命擁護論に表立って反論しにくいのかもしれません.何といっても『今ある命を大切にする』という論には太刀打ちできないからです.(多数を得ることができない,という意味ではなく,それこそ『強者』の論理だからです)
『世に倦む日々』の記事は私も読みました.もうがっかりもしません.完全にダッチロール状態ですね.
Commented by papillon9999 at 2006-06-26 13:16
本村氏を『巨大な力を手に入れた』とする布引さんの見方,とか『強者』の側に見る愚樵さんの『強・弱』論理に違和感を覚えています.たぶん,『命を楯にとる』ということに近いと思うのですが,そのほかには『能動』『受動』というほどの意味であって,『強弱』とは関係のないことのように思えます.するとこれから,被告の獄中からの『殺すつもりはなかった』と言う『能動』が始まることと予想します.自らの命を楯にとって世論に訴えるでしょう.『疑わしきは罰せず』を勝ち取るために.
ただ,私は今の議論で,死刑にすべきだと主張しているわけではありません.
Commented by 布引洋 at 2006-06-26 16:13 x
人質叩き>弁護士叩き>北朝鮮叩きの順で反対者は減り
イラク人質事件のバッシングに反対した人の割り合いは一割以下5%位か
弁護士叩きではそれより少数(2~3%以下)、北朝鮮叩きに反対する人は1%以下でしょう。(ヤンバルクイナ状態)
ブログ世界でも状況はそれ程変わりは有りません。
マスコミやお上が提供する正義に疑問を感じる人々は存在しますが、決して多数派ではありえず極少数派です。

被害者家族が強者である筈は、絶対に、決して有り得ません。
何千人の被害者家族が抗議しようと、泣き喚こうとマスコミやお上が取り上げるでしょうか。

十万人が抗議したら少しは考えてくれるでしょうか。
本村氏と同じ位マスコミに取り上げられる為には、百万人位が抗議すれば実現するかも知れません。
しかし二三日後には元に戻り何事も無かったことに為るかも知れません。
なぜか本村氏は数百万人分の力(影響力)を手に入れたのです。
華氏さんや愚樵さんはそれに気が付き、違和感(反感)を感じたのです、悪人とは認識してい無いようですが、私は悪党ではないかと考えています。
何故なら冷静に人を殺せる人間は悪人以外に有り得ません。

Commented by 布引洋 at 2006-06-26 16:40 x
普通、人が人を殺す時は、異常な興奮状態で殺すのです。
戦争のような殺すことが正義である、異常な興奮状鯛でも、普通の人は、人を殺せません。
ベトナム戦争での黒人兵とベトナム兵のエピソードは例外では有りません。
戦場で敵兵を狙って撃てる兵士の比率(発砲率)は15%以下なのです。(アメリカ軍を除く)
絶対に殺さなければならない場面でも、人を殺せる人間は少数なのです。

愚樵さん達の行為は決してバッシングでは有りません。
圧倒的強者に対するささやかな抵抗です。イスラエル軍戦車に投石するパレスチナ人少年のようなものです。
Commented by papillon9999 at 2006-06-26 16:56
ふーむ,そういう見方もあるのですねぇ.布引さんの挙げる例はいつも意外性に富んで新鮮です.そして発砲率の実態なんかもよく勉強しておられますね.訓練(慣れ)の問題なのでしょうかね.
ところで,愚樵さんたちの論は決してバッシングとは思っていません.論理を誠実に尽くそうとしてらっしゃいます.私はその論理を吟味しているつもりなのです.私の次の記事もご批判お願いします.
Commented by 布引洋 at 2006-06-26 17:24 x
このブログでもその他のブログでも一貫して年齢が問題なのだ、18歳が問題なのだと書き続けてきましたが、なぜか反響が低調です。
死刑に反対か賛成かそれだけ。私が考えている事柄とは可也思考に距離があります。
本村氏が何を考えようと、一人の犯人がどうなろうと大したことではないのです。
今日本に普通に生活する未成年たちの運命が問題なのです。
彼等の権利が、人権が問題なのです。18歳を死刑にする勢力は決して18歳を成人にしょうとは考えていません。
権利を認めず義務、責任だけを要求しています。

一人前の完全な権利と正常な能力が有るから、責任を問われるのです。
彼にはそれ(犯罪)以外の方法が取れた(能力があった)のに、取らなかった(犯罪を犯した)から責任を追及されるのです。
能力も権利も無い者が責任を追及されることは有り得ません。小さな子供の刑事責任を問わないのは其の為です。
Commented by papillon9999 at 2006-06-26 18:26
年齢の問題は布引さんにおいて一貫しており,敬意を表します.その理屈として,権利と義務責任の不釣合いを挙げておられるのも理解できます.また,脳自体が大きく変わる可能性についても.そういう問題を本村氏は一顧だにしない所に彼の人間性に疑問を感じるわけですね.なるほど,それも理解できます.でもいくら法体系が不備でも,18歳以上は死刑にできるとなっているのですから,死刑主張もやむをえないとおもうのです(布引さんのおかげで支持はしませんが).
Commented by 布引洋 at 2006-06-27 10:35 x
18歳未満は死刑に出来ない。
20歳以上の凶悪犯は死刑にする。
上記は刑法にはっきり書いてあるのですが、18歳以上20未満には、はっきり如何せよとは書いていない。(専門外なので正確ではないが)
『死刑に出来る』と『死刑にする』の間には、大きな隔たりが有ると考えられます。
『出来る』は可能性が有ることで、『する』は決定しています。二つは全く違うものです。
愚樵空論に書いたようにサラ金の灰色金利が許されない以上に
18歳~20歳の灰色年齢を安易に許してはいけない。(勝手な解釈は違法)
国際法では子供(未成年)の死刑を許してはいません。
最高裁は何の説明も無く、この大きな国際法違反(未成年の死刑)を決定しました。
国際法は国内法に優先すると言う原則は全く無視です。
私が指摘した可能性と決定の違いなど、最初から考えてもいないようです。
Commented by papillon9999 at 2006-06-27 11:23
え”-っそうなんですか!とにかくおっしゃるように『出来る』と『する』には理念上大きな隔たりがあると思います.もちろん.「少年法」に書いてあるのでしょうし.
これだと,やはり,未成年の死刑には成年と大きく違ってしかるべきですね.よほど大量の殺人でないと死刑にはできないということを言ってるのでしょうね(国際法は別にして).(悪質性の一番の目安はやはり数でしょうから)
新しい記事には年齢のことが触れてありません.布引さんのことが気になりながらも,記事の論旨がごちゃごちゃするので書けませんでした.また考えたいと思います.
Commented by 布引洋 at 2006-06-27 12:37 x
日本の裁判は条文解釈と判例主義なのですが、少年犯罪には有名な永山事件と言う判例が有るのです。
永山事件出も一審二審とも無期の筈です。差戻し審で死刑になり最高裁で確定しています。
19歳で数十日の間に4人を殺した犯人が死刑が宣告されました。
今回は18歳と30日の少年の一回の犯行です。
非行歴も無い、2週間前まで高校生だった少年の犯行です。
不良グループと付き合っていたかも知れませんが、事件まではどこにでもいる高校生だったのです。
最高裁は超えてはいけない壁を越えてしまったのです。
Commented by papillon9999 at 2006-06-27 18:41
今となれば永山さんもかわいそうな気がしますね.死刑判決はともかく,執行までしてしまったことが.
ところが,はっと思いつきました.彼に殺された4人の被害者がいるわけですが,その人たちについてはだれも何も憶えていないし,悼む人もいません.これはすごいことです!
なぜ加害者の方だけいつまでも悼んでもらえるのでしょう!
Commented by 布引洋 at 2006-06-28 13:04 x
単純に数の問題だと思います。
年間千人程度(現在は7百人程度)いる殺人事件被害者に対して処刑される死刑囚は5~9人程度、圧倒的に少ない(珍しい)からでしょう。

私達が永山則夫を忘れないのはアメリカ人がコロンブスを忘れないのと同じです。
忘れてはいけない事件なのです。
Commented by 愚樵 at 2006-06-28 19:39 x
こんばんは。お久しぶりです。うん? そうでもないか。でも、そんな気がします。
やっとこちらにゆっくり訪問させてもらうことが出来ました。いままで自分の記事の方で手が一杯で...。申し訳ありませんでした。
いつものように、より深い意思疎通を図るために、ちょっとした解釈の違いから。
>犯人がもしもっと多くの殺人を犯していたら?という質問に対し...、
について。
>本村氏に対する嫌悪感が先にたってそれを主張している
と感じられたわけですね。私はそういうつもりでなかったので、papillon9999さんの質問の意図を取り違えていました。
自分がそのつもりではなかったとはいえ、私が本村氏の人格攻撃をしているかのように受け取らたのは、私の表現の方に責任があります。これは他の方からも指摘されました。
その反省も踏まえて(3)をエントリーしました。TBさせていただいたので、ご覧になってください。
Commented by papillon9999 at 2006-06-28 20:18
いやちょっと違うのです.私は愚樵さんが人格攻撃をしているとは思っていません.ぜひ誤解を解きたいと思います.この記事の中では,本村氏に違和感を表明しているブログ全体を念頭においています.その中にはおっしゃるように人格攻撃そのものと感じるものもあるのです.決して違和感を表明しているものがすべて人格攻撃をしているとは思っていません.
ただ,本村氏の個性に由来するものに対して論を重ねておられる,というのは愚樵さんも例外なく感じることです.それで,その個性を除いた部分で考えたらどうなるか,についてお聞きしたかったのです.その一つが,悪質性の目安となる殺人の数です.すると,本村氏の立場に達人が何人もできます.当然,個性は本村氏と違ってくるはずです.つまり加害者は本村氏だけの物ではなくなるわけです.その人たちの反応が種々複雑に混じってくると,愚樵さんの論はどうなるのか,知りたかったのです.
でも答はわかります.人数には関係ないでしょうね.
Commented by papillon9999 at 2006-06-28 21:18
愚樵さんの『あきらめるしかない』は名言です.これ一つがあればこれで十分だといえるほどです.ただし,『あきらめるかどうか』は本村氏の勝手ですから,いつまでも不憫とはいえ,仕方のないことです.私が愚樵さんの論に賛同できない,(ある種の不快感といっていいと思います)と感じるのは,本村氏の『情動』を『強弱論』などで理論付けしようとしておられる(ように見える)ところでしょうか.
「あきらめるしかない」と言っているだけで十分なのではないかと思うのです.
もし私が彼の心が許せる者であったとしたら,いつかその時が来た時に,彼の頭を私の胸に抱いて共に哭こうと思うのですが・・・

その時とは・・・あきらめきれた時か・・・死刑になった時か・・・
どちらになっても不憫です・・・
Commented by 愚樵 at 2006-06-28 21:26 x
>その個性を除いた部分で考えたらどうなるか,についてお聞きしたかったのです
なら、最初の受け取り方でよかったわけですね。答えは...、もういいですね。ただこれも「現時点」での回答です。これも断る必要はないか。
>ある種の不快感
なるほどねぇ、DHさんも同様の感触を持たれたのでしょうねぇ。
>本村氏の『情動』を『強弱論』などで理論付けしよう
これも私の表現力不足が原因なのでしょうが、私としてはなぜ「諦めるしかない」か、そちらを理論付けしたいと考えたのですが...。その結論が「変わること(=諦めること)は生命の本質」というわけでして...。
「強弱」という言葉を使ったのが適切ではなかったかもしれませんね。
Commented by papillon9999 at 2006-06-28 21:38
『諦めるしかない』 これには理論付けなど要らないのでは,と感じたのでした.『強・弱』とは『能動・受動』と言い換えることができる概念でしょうか? 布引さんへの返答コメントの中で,そのように勝手に解釈してしまいましたが・・・
Commented by 愚樵 at 2006-06-29 04:53 x
>『強・弱』とは『能動・受動』
でいいと思います。
>『諦めるしかない』 これには理論付けなど要らないのでは
いや、papillon9999さんはこそ鋭い。
私が(3)において「誰も変わらないとは断言できない」というところから論理を組み立て、「意識」というものの限界を提示しようとしています。意識の限界を提示しようという試みと、理論付けが不要と感じる立脚点はたぶん同じです。ただ立脚点からみる風景が違う...。う~ん、こんな比喩で伝わるかなぁ。
以前、papillon9999さんとは「感性か想像力か」で議論をした、というか、いずれしましょう、ということになっていたと思うのですが「諦めるしかない」の理論付けは、「感性か想像力か」へ結びついていくものです。私はそういうつもりです。「生命の論理」でいろいろと解明できないか、そんな大それたことを考えています。
Commented by papillon9999 at 2006-06-29 13:52
うーん,ようやく愚樵さんのお姿が見えるようになってきた感じがしてきたのですが,ほんとうにその影がそうなのか・・・

変わり行くもの=生命, 意識, 感性・想像力, ゲーム, ・・・これらをまとめてみると・・・

うーん,もう一つの方でまとめてみますね.
Commented at 2006-06-30 12:08 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by papillon9999 at 2006-07-01 16:14
○○○○さん  新しい記事で返事を書いたつもりです.返事になっているでしょうか.