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最高裁判断の考察-夫婦同姓の強制問題-1
 2016年12月16日,最高裁大法廷において,夫婦同姓婚を規定した民法が憲法違反にあたるかどうかの最高裁としての初判決が下された。ざっとまとめると以下の内容となろう(判決文を直接読んだわけではなく,報道記事等から抜き出したもの。特にこの裁判の弁護団の声明)。



 1.男女平等の観点からは合憲。
 2.人格権等の観点からは通称使用も可能なので不利益が軽減され,実質的合憲。
 3.女性だけにある再婚禁止期間は,100日を超える部分のみ違憲。100日までは合憲。

 パピヨンはこの問題について以前(2010年)考察したことがある。(夫婦同姓婚は近代天皇制の外堀)この時は憲法問題として考察してはいなかった。それよりも,なぜ”選択制”であるのに夫婦別姓反対がここまで強いのかの心性的な理由を明らかにすることが先決と思われたからだ。
 しかし,もし違憲ということで否応なく改正が迫られるのであれば,それに越したことは無い。本記事は,最高裁判決を機会に,憲法問題の観点から考えてみるのである。

 民法の条文自体に男女間の非対称性は無く,形式的に男女平等を満たしているものに対して,果たして違憲問題から解決への道筋が見えるのかどうか。本記事では新しい(であろう)考え方を提示するので,じっくり批評して戴きたい。そしてこれからの良い戦略をひねり出すことにつながればと願う。

1.男女平等の観点からの憲法判断

今回の最高裁判断では民法750条を合憲とした。その根拠は上記声明によると,

 『夫婦同氏制それ自体に男女間の形式的な不平等が存在するわけではない』

ということのようである。パピヨンの考えでは,この判断は妥当である。その理由を述べる。

 始めに,現民法の条文には男女間に形式的な差別はないという最高裁記述に異論を持つ人は居ないだろう。男女どちらの氏も選択できるからである。しかし,社会的にはこの形式的対称性だけでは実質的に男女間の差別が解消されていない現実がある,というのが違憲論の主張である。パピヨンによれば,このような違憲論は筋が違っているように思える。この思いをわかり易く以下に書き残しておきたい。
 まず,婚姻時の姓の問題は,第三の姓を認めない場合,制度としては次のケースのいずれかに帰着する。(◎印を付加したものは,男女間の形式的な対称性を持つものであり,現憲法下で存在可能と思われる。その他は現憲法下で可能かどうかは度外視するが,例えば違憲状態で存在したかもしれない。)

  A夫婦同姓の強制
   ①男性の姓とすべし
   ②女性の姓とすべし
   ③男女どちらの姓でも構わないが,同じにすべし◎
  B夫婦別姓
   ①選択的別姓(別姓を選択しなければAのいずれか)◎
   ②強制的別姓(姓を変えてはならない)◎

このうち,制度として男女平等の実現を完全に保障する制度というものはどれだろうか?例えば,原告が訴えていた,B①(+A③)という制度はどうだろうか?これで違憲でない男女平等状態が完全に実現するだろうか?パピヨンはそうとは思えないのである。現代社会がそうだというのではないが,以下のようなことが少なくとも原理的にあり得るからである。

 『”選択的”を謳ってはいても,ある社会的風潮の下では,女性は別姓を選択できず,夫の姓を選択させられる。』
 『”選択的”を謳ってはいても,ある社会的風潮の下では,女性が男性の姓を望んでも男性の家側が同姓にしてくれない。』

というケースである。現在,”選択制”となった時にこのような危険性があるのかどうかはよく知らない。しかし,そもそも,現行のA③そのものは,ある時代には画期的な男女平等のシンボルに思えるかもしれないのである。少なくとも制定時には,今のような男女平等が保障されない違憲状態をもたらすとは想像できなかったのではないだろうか。
 さらに,男女差別の権化みたいなA①が実は女性の人格を認めることになったり【注1】,別姓選択派にとっては権利を最大限発揮できるかのようなB②でさえ,女性の社会的放棄につながるかも知れないのである【注2】。それは男女間の大きな経済的格差が存在する世の中ではあり得ないことではないし,現実に過去にあったことではないだろうか。

 このように考えると気が付いてもらえると思うが,実は社会的風潮と無縁に,完全に男女平等が保障される制度というものは無いことをここで訴えたいのである。(もしどのような社会的風潮の下でも女性が望むような姓の在り方を保障するとすれば,それは憲法に書き込むしかない【注3】)

 つまりこういうことだ。真の男女平等の実現は,法律の条文(制度)を越えて社会的実質に依存するということではないだろうか?現在の社会においてさえ,現実には女性の立場は弱い。社会生活,市民生活上に於いてどうしても女性が弱者であることは絶対に否定できない。しかし,これによって夫婦同姓婚の不都合が生じているからといって,その法律が直ちに違憲だとは言えないと思う。
 ということは,法律レベルでは,男女間に対し形式的対称性さえあれば合憲というしかないのだ。繰り返すが,もしある法律がその時代において,社会的に真の男女平等が実現されにくい状態であるとするならば,それは法律と社会とのマッチングの問題であって,憲法の理念に抵触するという問題ではないということをパピヨンは言いたいのである。
 さらに言い換えてみよう。ある時代,真の男女平等が実現しにくければ民法を変えることによって実現しようという戦略は当然である。しかし,その理由として,男女平等の原則に照らして違憲だから,というものであるならば,筋が違うということである。

 以上のように,夫婦同姓の強制問題を男女平等に照らしての憲法問題から解決する道筋は元々無理があったように思われる。

 ではどのような道が他にあるだろうか? もう一つの憲法問題2を次報で考察する。(しかし,そちらは大した考察ではないので期待しないでください。そのあと3を考察します。)

【注1】現実性を離れた思考実験は無意味かも知れないが,男女間の経済格差が今後格段に拡大される可能性もあり得るので,一応想定されることを書いておく。そういう時代では,現憲法下ではほぼ存在しえないA①が女性を救うことにつながるかも知れない。例えば正月のゲームを思い起こしてもらって,大貧民の女性が大富豪と結婚したとしようではないか。
その時,「お前にはうちの姓を名乗らせない,子供にだけうちの姓を名乗らせる」と女性が男性(の親なども含め)に言われたら,必ずしも喜ぶ(夫婦別姓だから)女性ばかりとは限らないだろう。そういう場合,強制的なA①の条文ならば問題ない。(大富豪の息子が心優しくても親に逆らえない場合があるかもしれない。この時のバカ親は息子の妻を差別感情から精神的家族に含めたくはないのだった)。

【注2】同様に,これまた現実性を無視した思考実験の類だが,DVの親たちに虐待を受け,結婚によって早く姓を変えたい場合もあるかもしれない。親が凶悪犯で早く姓を変えたい場合もあるかもしれない,ありふれた姓ならばまだしも,特殊な苗字だったりしたら誰もがすぐに結びつけてしまう,いやだ!というような場合。これらの場合,B②の制度ではどうしようもない。

【注3】当然ながら,現憲法は,弱者と強者が想定される場合,弱者保護の観点に立つという素晴らしい理念を持っている。例えば一般国民対公務員,子女対保護者,は言うに及ばず,一般国民対権力の関係を規定する第3章はほとんどすべて,この理念に行く着くと考えてよい。
 しかるに,女性対男性はどうだろう?いずれかが強者,他方が弱者とは想定されていない。なぜか?想定していないこと自体が,男女平等の真の表現であり理念の実現であり表現であると解されるからである。
 また,憲法レベルで結婚の姓の在り方を定めると,男女間の対称性が守られたものだとしても時代や風潮の変化に追随できず,不便となるだろう。(仮に選択的夫婦別姓を憲法で定めていたとすると,”それを実質的に選択できる女性はほんのわずか”という時代が来た時に対処のし様が無くなるという意味。)

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by papillon9999 | 2016-01-06 22:42 | Comments(0)