アルバイシンの丘
papillon99.exblog.jp

           
ブログトップ
メール     
当ブログ内の表現,論理などは,平和活動等のために活用してください.ただし,オリジナリティーが当ブログに存するものについては原作者を騙ることは禁止します.オリジナリティーを尊重してくださるようお願いします.     

随想や意見,俳句(もどき)

by papillon9999
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
最近の10記事
最新のコメント
今の株価はそもそもじゃぶ..
by papillon9999 at 23:56
すると日経平均は1万円切..
by 藁にもすがりたい男 at 11:49
たんぽぽさん,いろいろご..
by papillon9999 at 22:18
>おお!中野晃一さん! ..
by たんぽぽ at 22:59
おお!中野晃一さん!初め..
by papillon9999 at 00:03
>何しろ連合の労働貴族た..
by たんぽぽ at 18:44
ん??11年目じゃなく1..
by papillon9999 at 13:57
たんぽぽさん,あけまして..
by papillon9999 at 13:55
新年あけましておめでとう..
by たんぽぽ at 15:19
うーん,せっかく花道を用..
by papillon9999 at 06:59
最新のトラックバック
さようなら,オバマ
from アルバイシンの丘
大衆迎合主義の精神構造
from たんぽぽの礼拝堂
米大統領選の警告と教訓
from たんぽぽのなみだ~運営日誌
トランプと民進党は類似?
from たんぽぽの礼拝堂
トランプ現象を考える・続
from アルバイシンの丘
ユダヤ人とは何か(3)続..
from アルバイシンの丘
参院選・1人区で野党健闘
from たんぽぽのなみだ~運営日誌
ああ,宇都宮さん!もうい..
from アルバイシンの丘
出馬をやめよ,宇都宮健児..
from アルバイシンの丘
出馬をやめよ,宇都宮健児..
from アルバイシンの丘
カテゴリ
以前の記事

Stop the 原発ファシズム
Stop the 官僚ファシズム
Stop the 軍産ファシズム
Stop the 経済成長至上主義
Stop the 弱肉強食システム
他所さまでのコメント集(1)
 新年明けてから書きかけの記事を完成する気分がなかなか充満せず,他所さまの所にコメントを書き散らすことばかりしている。
 他所さまと言ってもごく最近はもっぱら一箇所,たんぽぽさんのところだけで食いつないできた。(もう少し時間を遡るとLadybirdさんのところにもお邪魔したのだが。)



 ところで,他所さまでのコメントに関してふと気づいたことがある。なんと自分が書いたコメントの内容を忘れるのである。コメントは普段思っていることを背景にして書くので,内容自体は矛盾したことは書かないと思うが,たとえばどんな例示などを使って書いたか,などを忘れてしまうのである。多くはその場での思いつきなので,別の処での発言の参考にしようと思っても出て来ない。
 悪いことに,コメントを残したよそ様の記事がどれだったかまでも忘れるので,時間がかかることこの上ない。そして,最悪なことはコメントしたこと自体を忘れるのである。

 ということで,よそ様に残したコメントを自分の記事として残すこととした。上の趣旨からわかるように,コメントを残した記事についてここで議論をしようというのではない。あくまでも自分の書いたことを残すだけの意味である。
 だけど,その際,自分の発言がどのような文脈で為されたかは書き遺さないと意味がわからなくなる。さらに,自分の書いた文章の反省もある。後で見て,悪文だなあとかこう書けばよかったなあ,という後悔をしょっちゅうしているからである。そのため,コメントに対していろいろ注釈を付けることになるが,ご了解を願いたい。

 さて,記念すべき第一回目は次の記事へのコメント集だ。(新しい方から遡る)。

官僚制批判の論理と心理2012年01月15日by たんぽぽさん

 このたんぽぽさんの記事の要約は,ここではしない。私は,この記事で紹介されている
  【1218冊目】野口雅弘『官僚制批判の論理と心理』
を読んだ感想をコメントで差し上げた。その被紹介記事はさらに”野口雅弘『官僚制批判の論理と心理』”という本を読んだ感想の類いであるが,その元々の本は未だ読んでいない。
(以下,引用コメは改行のみ編集)

====Posted by アルバイシンの丘 at 2012年01月16日 20:37=====
ご紹介の読書メモの方だけをざっと読んだ限りですが、ちょっと違う感じを持っています。
(論点がずれるのか同じ事を言うことになるのかよくわかりません。)
まず私が言いたいことは、『小さな政府』の出自です。これは官僚制批判の文脈で出てきたのではなく、資本主義の行き詰まりを打開しようとして出てきたものだと思っています。一つが金融資本主義、もう一つは市場原理主義への方向です。メモを読む限りは官僚制批判の文脈で捉えてあるように読み取りました。
次に、小さな政府といえども、官僚制の役割が小さくなるわけではない、ということです。むしろ、逆かも。なぜなら、小さな政府を実現し、維持するためには、結果的に生じる『多くの持たざる者』を敵にまわすことになりますから、上手な政策と強力な実行力が必要なわけです。そこが官僚の腕の見せ所。このような話は書かれていましたっけ?
そして、おびただしい管理団体の設立。政策の正当性を与えるためのアリバイ作り。多くの認可権限が非官僚組織に移譲され、官僚はそこに安住の地を建国します。
以上のようなことを私は官僚制と新自由主義との結託と表現しています。
公務員の数は確かに激減するでしょうが、それは下っ端だけ。霞が関官僚にとっては痛くも痒くもないようにシステムを作るでしょう。そういう点では天才的な頭を持っておられるから。
=======================
====Posted by hachiro86 at 2012年01月16日 22:58====
TBありがとうございます。
要するにこの本は「国民は賢くなりましょう」と言っていると思うんですが、それが永遠の難問なんですよねえ。
ちなみに「小さな政府」は資本主義の行き詰まりを打破しようとしたものではなく、むしろ資本主義の原初にあった政治形態ですよ>「アルバイシンの丘」様
それが福祉国家=大きな政府を経て、今また「先祖返り」しているのが実情です。イギリスの政治史を勉強されると、そのあたりの流れが明瞭に見えてくると思いますよ。
=======================

注:この方は件の記事(被紹介記事)の著者の方である。『先祖返り』と言っても,見かけが同じだけで意味が違うと思うんだけどなぁと思った。『要するにこの本は「国民は賢くなりましょう」と言っている』というのも,それだけなら当たり前じゃん,と思った。

====Posted by アルバイシンの丘 at 2012年01月17日 00:13====
>先祖返り
ああ、そうなんですか。それでも結構なんですが、なぜ先祖返りしたのか、と問い直してもいいんです。
きっと財政赤字のせいでしょうね。でも新自由主義の発祥国・米国も大きな政府だったんでしょうかね?(その所為で財政赤字で新自由主義?)
それから先の私のコメで大事な事がもう一つありました。『試行錯誤』についてです。試行錯誤とは、現民主党・野田政権のように自民党顔負けの旧自民党政治にまで行ったりきたりすることではないはずだと思いますけどね。
たとえば、『子ども手当』のやり方を、ああしたほうが良かった、こうした方がよかった、と反省を繰り返すことだと思うんですよね。(元の記事の趣旨はそうなっているんですかね?)
===================================

注:『先祖返り』で『夜警国家』のことが頭に浮かんだが,書けばよかったかな。でもホントは『なぜ先祖返り』したのか,先祖返りが必要だったのかが重要なので,そちらを書いた。それに対する回答はない。それ以後の,財政赤字や試行錯誤については,ここでは書かない方が良かった。米国の話は,後のコメに出て来るが,米国も『官僚の権限が必要以上に大きかったのか?』という点の見解を求めたのである。米国では『財政赤字』は昔からあった。回答はなかった。

====Posted by アルバイシンの丘 at 2012年01月17日 00:26====
一つ書き忘れ。財政赤字と資本主義の行き詰まりと新自由主義の発生の関係について。
結局、製造業にしろなんにしろ、資本主義経済の不振によって、雇用が減る(税収も)、そのため失業者救済、その他で公的支出が増える、とまあ、極めて大雑把に言えばこんな関係です。
その打開のために小さな政府(市場原理主義)と製造業ではない金儲け手段=金融資本主義、が必要になった、という筋書きです。
=====================

注:『先祖返り』しなければならなかった理由として『財政赤字』という解答まで書いてしまったので,その理由も書かなければならない(無責任だ)と思って追加した。先祖返りの理由のすべてとは言わないが,大きな理由を占めるのは明らかだと私には思える。しかし,回答はなかった。

====Posted by たんぽぽ at 2012年01月17日 22:48====
アルバイシンの丘さま、
このエントリにコメント、ありがとうございます。
「小さな政府」主義が現れた経緯は、hachiro86さまのおっしゃる通り、「先祖返り」でよいと思います。
最初のころの資本主義は、「夜警国家」なんて言われて、国家が市場に介入するのを、極力すくなくする「小さな政府」主義だったのでした。
ところがそのような野放しでは、やっていけなくなったので、国家が積極的に手を入れる「大きな政府」主義に転換したのですね。
20世紀も後半になると、日本や欧米の各国で、「大きな政府」主義が行き詰まってきたのでした。
それでいっそのこと行政の役割をどんどん減らして、もう一度政府を小さくしてしまえと、主張する人たちが出て来たのですね。
「小さな政府」主義が批判を向ける対象は、まさに「大きな政府」を構成している官僚機構です。
したがって、官僚批判、官僚攻撃は、「小さな政府」主義のコアだと言っていいと思います。
>それは下っ端だけ。
>霞が関官僚にとっては痛くも痒くもないようにシステムを作るでしょう
「小さな政府」主義が進行しても、日本の官僚は、自分たちの既得権だけはうまいこと守られるように、工夫をするのだろうと思います。
それでも、それは日本の特殊事情で(日本は官僚大国だし)、「小さな政府」主義は本質的に官僚を敵視していると思います。
>現民主党・野田政権のように自民党顔負けの旧自民党政治にまで
野田政権は、「政治主導」をもうほとんど投げ出しているのではないかと思います。ようするに、そのような「試行錯誤」はやっていない、ということになるだろうと思います。
=======================

注:たんぽぽさんの回答だが,『先祖返り』しなければならなかった理由が依然として書かれていない。『試行錯誤』については双方に見解の相違はない。実は元記事に結構書いてあるのだが,コメでちょっとだけ触れたのでは意味が全然わからん。だから書かなければよかったという次第。

====Posted by たんぽぽ at 2012年01月17日 22:49====
hachiro86さま、いらっしゃいませ。
わたしのブログにお越しくださり、ありがとうございます。
とてもよい本をご紹介してくださり、まことにありがとうございます。(わたしはまだ、読んでいる途中ですが。)
官僚制度の本質や、政治主導と新自由主義の関係について、いろいろと考えをまとめることができそうです。
>要するにこの本は「国民は賢くなりましょう」と言っていると思うんですが
政治主導は、議会制民主主義が適切になされている状態とも言えますが、民主主義というのは、成員である国民ひとりひとりが、それを維持しようと意識しなければうまくいかないのだと思います。
「国民は賢くなりましょう」というのは、まったくその通りで、民主主義のそうした性質をあらためて確認したと思います。(たしかに「永遠の難問」だけど、こればっかりは、法律や制度をいくら整えても解決しないですからね。)
===========================
====Posted by アルバイシンの丘 at 2012年01月17日 23:42====
>「小さな政府」主義が批判を向ける対象は、まさに「大きな政府」を構成している官僚機構です。したがって、官僚批判、官僚攻撃は、「小さな政府」主義のコアだと言っていいと思います。
このあたりは見解を異にしますね。市場原理主義を貫くには国の仕組みを変える必要があります。それまでの規制を牛耳っていたのも確かに官僚制ですが、それを変えるのもまた官僚です。
そのために官僚の強力な後押しもまた必要になります。特に大規模破綻となったときに、官僚がそっぽを向いたら大変ですから。
規制緩和の要求の所為で新自由主義は官僚制を敵に回しているように見えますが、官僚はすぐに金持ちの方になびきます。したがって規制を手放しても官僚は次の手を打てるので、敵対関係は長くは続かない。(正確には、双方折り合えることがわかった、というべきかな?何しろ官僚と新自由主義者の、歴史上初めての遭遇ですから)
ただし、公務員攻撃はコアとしてあります。大きな人件費支出で大きな政府の元凶だからですね。
この、公務員攻撃と官僚攻撃を混同してはならないと私は思っています。
このあたりは日本の特殊事情も大いにあるでしょうがね。でもまあこの辺で。
=============================

注:要するに,『大きな政府』とは,『官僚の権限の大きさ』なのか『国家が関与する財政規模の大きさ』なのか,という問題に帰着するのだろう。だが,これはいずれかというより,どちらの側面も含むものだと思う。
新自由主義者は官僚システムが牛耳っていた種々の規制システムを壊さなければ市場原理主義の世の中が来ないと思ったのは確かだし,それを敵視と表現しても良いだろう。しかし,実は市場原理主義を貫くにも『官僚システム』の強力な後押しなくしては実現しないのも確かだろう。TPPがよい例かもしれない。
 私は,新自由主義,市場原理主義とは,結局の処,金融資本主義が必要とする舞台だと思っている。その金融資本主義とは,多くの中流家庭を維持することが困難になった資本主義を見捨て,一部の者が自分たちだけいい想いが出来るようなものとして編み出した仕組なのだと思う。その業界としては製造業では無理で,無から有を生じる金融業しかなかったのだ。
 ちなみに,製造業とか農業とかというのは,これは貿易問題に過ぎない。関税問題に過ぎない。国家の仕組みを根本的に変えることを要求するのは,金融資本主義である。
 このような思いを持っているので,この記事にはどうしてもコメントを書きたかったのである。今見るとあまり成功していないかな。


====Posted by たんぽぽ at 2012年01月19日 21:40====
アルバイシンの丘さま、またまたコメントありがとうです。
>このあたりは見解を異にしますね
そのようですね。
じつは、わたしは、『官僚制批判の論理と心理』という本をいま読みかけているところだったりします。
全部読んでまたなにかわかったら、お話したいと思います。(アルバイシンの丘さまの異論に、お答えできるかどうかはわからないけれど...)
=============================

注:勉強された結果をぜひ教えて下さいね。

2012年1月21日23:38の時点で以上の通り。この時点でのまとめ。

まとめ:これまでのコメントで,官僚が決めるとずっと書いてきたが,本当は我々の選んだ政治家が決めなければならない。それが本来の国民主権の姿である。だからと言って官僚制をなくせということではない。必要だ。必要悪と言うべきかもしれない。なぜなら,官僚システムを真に国民主権の下に置くのは歴史的に見ても極めて困難であるように思えるからだ。高度福祉社会が成功するにはその制度設計がうまく行くかどうかに依存していると言えよう。 
[PR]
by papillon9999 | 2012-01-21 23:38 | Comments(4)
Commented by 磐梯朝日国立公園 at 2012-01-22 10:11 x
ようやく新年が明けましたね。おめでとうございます。
私にはパピヨンさまのご意見がよくわかります。
さっそくですが素朴な疑問をよろしいでしょうか。
新自由主義者たちは、財政赤字を攻撃しますね。
彼らは国家財政の破綻を心配するような
道徳的な連中には思えないんですが。
ビジネスチャンスのためなのでしょうか?
Commented by papillon9999 at 2012-01-22 18:37
どうもお待たせしてすみません。
福祉への支出とか,国が面倒をみる社会=財政不健全社会と思われていますね。
財政健全化→福祉費用削減→保険などビジネスチャンス到来,という方程式なんでしょうね。
この意味では財政再建を叫びますが,福祉削減が実現したら(小さな政府となったら),財政再建は言わなくなるような気がします。

なぜなら,国家財政破綻そのものがまたビジネスチャンスでもあるのではないでしょうか?
破綻したら国家そのものの救済に乗り出しますが,その挙句はその国家を牛耳ることができるのです。

なあんて,妄想が過ぎるかなぁ・・・???
Commented by 磐梯朝日国立公園 at 2012-01-23 23:54 x
官僚システムとか官僚制という言葉は
出て来ますが、”官僚主義”になってしまう
のが問題なのでしょうね。
ところで、新自由主義たちが今でも
官僚制を敵視しているかいないか、
私にも重要に思えて来ました。
この二つが手を握っているかどうか
ですね。この認識を間違うと敵を
間違えそうです。
Commented by papillon9999 at 2012-01-24 08:31
官僚主義という言葉が出て来なかったんです。あちこちの「官僚制」という言葉を「官僚主義」に変えたら,もっとすっきりしましたね。どうもありがとうございます。
それから,新自由主義と官僚主義との関係をどう認識するか,大変重要ですね。仰る通りだと思います。
つまり,二つの巨大な『悪』がそれぞれつぶし合いをしてくれれば敵がそれだけ減るわけですが,残念ながらこれらは手を握って互いに協力し合って蝕んでいく可能性が高いです。
そういえばずっと前に記事を書いていました。
ウィルスの変異2006年 10月 01日
http://papillon99.exblog.jp/3395176/#3395176
今読むと古い部分もありますが,要するにこれら二つの悪が手を握ったらどんなに恐ろしいことになるか,ということです。
敵視論に立つと,このようなことが見えなくなる可能性があります。
無論,初めは敵視していたことは間違いないですが。