アルバイシンの丘
papillon99.exblog.jp

           
ブログトップ
メール     
当ブログ内の表現,論理などは,平和活動等のために活用してください.ただし,オリジナリティーが当ブログに存するものについては原作者を騙ることは禁止します.オリジナリティーを尊重してくださるようお願いします.     

随想や意見,俳句(もどき)

by papillon9999
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
最近の10記事
最新のコメント
最新のトラックバック
『神国日本』と『白人至上..
from アルバイシンの丘
『神国日本』と『白人至上..
from アルバイシンの丘
都議選・自民党の歴史的大敗
from たんぽぽのなみだ~運営日誌
トラックバックがなくなる
from たんぽぽのなみだ~運営日誌
都議会選・楽観する民進党
from たんぽぽのなみだ~運営日誌
民進党・壊滅はまぬがれた
from たんぽぽのなみだ~運営日誌
安倍一狂政治とは(5.目..
from アルバイシンの丘
安倍一狂政治とは(5.目..
from アルバイシンの丘
安倍一狂政治とは(5.目..
from アルバイシンの丘
加計学園と安倍晋三があれ..
from アルバイシンの丘
カテゴリ
以前の記事

Stop the 原発ファシズム
Stop the 官僚ファシズム
Stop the 軍産ファシズム
Stop the 経済成長至上主義
Stop the 弱肉強食システム
疫学考
 門外漢が勝手なことを書くが,どうかお許し願いたい。山下が得意とする『疫学』についての”印象”である。トンデモが混じっていたら嗤ってお捨ておきください。



 今回,低線量被曝や白血病のことを調べる中で特に気の付いたこと,というか強く思うようになったことがある。それは『疫学』の無力さである。
 なんといっても疫学で因果関係が証明される頃にはすでに手遅れということが普通であり,それが加害責任まで及ぶことは滅多に無いような気がするからである。せいぜい,同じ問題が再発した時の経験知を得ることぐらいはできようが,全く同じ問題が再発することも滅多にはないだろう。
 尤も,原発事故はこれからも繰り返されるだろうから,現在進行中の事態は市民レベルでしっかりと記録にとどめておかねばならない。というのは公式のデータは山下の下に集められ,不都合な部分は抹殺されるからである。

 当然,疫学といえども諸刃の剣であって,悪影響のあることを立証する唯一の武器となることもあるだろう。しかしながら,現在進行形のことに関しては不思議なことに予防原則としては使えないのが問題である。むしろ,『疫学的に証明されていない』ということが言い逃れの口実となっている実態がある。
 『疑わしきは罰せず』が,むしろ加害責任の免責に使われ,被害をとりあえず防ぐということを逆に邪魔する論理となっているのである。つまり,因果関係が疑わしいことでも,疫学的に証明されていないから継続してよい,というような使われ方である。これは強者の論理でしかない。

 市民(被害者)の側【注1】に立って『疫学』を駆使し,がんばっておられる学者,研究者の方々には大変失礼な無知蒙昧を書き散らしたのかも知れない。どうかお許し願いたい。

【注1】 学問とか科学とかは本来中立である,〇〇側に立つという概念とは無縁である,というような考え方がある。放射性物質の崩壊などを倫理的,道徳的に考えて悪だ,といっても仕方が無い。現実がそこにあるのだから。
しかし,こと疫学に関しては,このようなことは自明ではないかも知れない。データの整理や分類にかなりの恣意性が入る余地が大きいのではないだろうか?山下のような御用学者がまとめた疫学データは市民には害悪となって働く。これとか放射線防護学のようなポジショントークを義務づけられている分野などでは『学問とか科学とかは本来中立である』というのは幻想に過ぎない。
ただし,その逆についても警戒しなければならない。恣意的にデータをねじ曲げて,市民,被害者の側に不当に有利となるようにすることもまた,あってはならない。
[PR]
by papillon9999 | 2011-10-04 23:59 | Trackback | Comments(3)
トラックバックURL : http://papillon99.exblog.jp/tb/16645265
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by pulin at 2011-10-10 08:23 x
この見地からも、病気予防の無意味さが見えてきますね。

「労働環境における精神衛生の管理の進行が逆に労働者の精神衛生を悪化させる悪循環がある。個人に焦点化した精神衛生管理は、予防それ自体がストレスをスティグマ化し、解決そのものを排除してしまう」という指摘があります。
これはつまり、病気や病気の兆候をあらわした人間を排除するということです。
ここで指摘されているのは精神衛生についてのことですが、あらゆる病に当てはまります。
病気の予防とは「排除の論理」に他ならず、それは人間にとって両刃の剣、あるいは深く突き刺さってくる剣そのものです。
病気の予防が排除の論理として端的に現われた例の一つがかつてのハンセン病者の強制的な隔離でした。
Commented by papillon9999 at 2011-10-10 14:00
『病気の予防とは「排除の論理」に他ならず』

またまたどっかの受け売りくさいこつば・・・・・
よいですかな,放射線を避けるちゅうこつを,ロシアンルーレットの喩えで説明してみますけん。

放射線が人為的にひどくなったちゅうこつは,毎日ロシアンルーレットで遊ぶ,ちゅうようなもんどす。千発に一回,実弾が出るロシアンルーレットば想像してみなはれ。
国が,国民全部に毎日,そのロシアンルーレットで遊ぶように命じたとと同じとです。
別に余計な危険は冒さんでもようかろうもん。

ハンセン病の喩えは誰がしなさったとかな?全然話が違うでっしょ。

天然痘患者が出たらまず隔離どすえ。
Commented by papillon9999 at 2011-10-10 14:17
ひょっとしたら,隔離のことを排除と言ってるのか??だれだろ,元ネタは????