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トンデモリスク論を振り回す安井至さん 2011年 08月 19日
偶然だがなぜ現代人は「リスク」を定量的に理解できないのかという記事を発見した【注1】.著者は安井至という環境学者らしい.
この方は東京大学生産技術研究所所属の教授であるという.東大の教授にもピンからキリまであることをパピヨンはよく知っているから決して驚かないが,この人もどうやらキリの方らしい.それもかなりひどい方の.(それから国連大学副学長でもあられるそうだ。国連大学がかわいそうな気がするが,そんなもんかもしれん。) まあ,とにかく上記記事を読んでもらいたい.まったりした文章だから読むのにイライラさせられるが(パピヨンの文もそうだって聞いたことある!),要するに冒頭にはこんなことが書いてある.(趣旨) 『人類は食物が豊かでなかった頃はリスクを冒していろんなものを食料として試した.しかし,現代人は貨幣で手に入れる。そこから,「お金で買うのだから安全な食料でなければならない」,さらに「安全(に対して)お金を払うのだから,完全に安全でなければならない」,というマインドを持つに至った.』[(に対して)はパピヨン補充] ここの論理の飛躍については時間がもったいないので触れないでおく。これから, 『「現代人のリスク感覚の全体が,食料に対するリスク感覚とほぼ同じ」と言えないだろうか』 と話を跳ばせる.意味がやや不明だが,要するに,放射能に対する一般人の忌避感覚を揶揄するために,放射能の少しのリスクも許容できない体質が国民にあるのは,お金で安全な食料を求めるようになった『現代人』だからであろう,ということを言いたいのだ. そしてまず,食料が完全に安全である状況はここ20年間ぐらいで終わるのではないか,といってその根拠らしきものを4つほど列記してある.これも平凡な予測でしかないが,焦点がぼけるのでスルーする. 以上のような前置きの後に(これだけのことを延々と引き延ばす文章なのだ!特に,池田信夫などのトンデモブログまで引用して),放射線に対しても「リスクゼロ」を求めるマインドがいかにおかしいかを述べ始めるのである。 さて,このパピヨンの記事もこれから本題に入る。(えー?前置きが長いって?でも無駄な文で延々と引き延ばしてはいないでしょ?) まず,安井さんが言ってることを確認しておく。結局,以下の二つである。 1.平常時と今のような放射能汚染が広がった緊急時では放射能に対するリスク許容度を変えるべきだ。 (平常時なら1mSv/year以下に抑えることはよいが,緊急事態時は100mSv/yearまで許容すべきだ。) 2.(科学的事実として)被曝量が100mSv/year以下でも「悪い影響がでること」が真実かどうかについても、多くの研究者がこれまで挑戦してきた。しかし、それを科学的に検出したか、あるいは証明した人は居ないようである。したがって、被曝量が100mSv以下であれば、「悪い影響はでない」と考えることが科学的に正しい判断である。 以上の二つを御覧になって,読者は何も感じませんか?何気に読むと,まあ,なにか恣意的な面があるにしろ一つの考えのように読める。しかし,ここには小さな小さな矛盾が存在していることにパピヨンは気がついたのだ【注2】。それは・・・・ もし,100mSv/yearまで『悪い影響はでないと考えることが科学的に正しい判断』なのであれば,言うべきことは 『リスクを許容せよ』ではなくて『安全宣言』 である。そもそも科学的に正しい判断だったら,リスクの評価のしようがないではないか。他の「避難にまつわるリスク」などとの比較のしようもない。 『科学的に正しい判断』なのにどうしてそれが『リスク』となるのか。 『科学的に正しい判断』に対してどうして『リスクを定量的に理解』することが可能なのか。 科学的に正しくても政治的な正しさは別だって?それは政治家が言えばよい。無能であっても科学者なら,科学的に正しいかどうかを国民に知らせればよいのだ。 ホントは,自分こそ(安井さん本人)がそれをリスクと思っているのではないか? という邪推も成立する。ならば逆に自分だって100%安全とは思っていないことにもなる。ああ,小さな矛盾ではなかったかも知れんぞ,こりゃ。 もし安井さんのような御用学者の立場から発言するとすれば,以下のようにならないといけない。 『ホントは安全なはずなんだけど,それはコトの本質上,証明はできないからリスクと考えても仕方ない。しかし,その程度のリスクは許容してもらわざるを得ない』 尤も,御用学者がこのような謙遜な態度を見せるはずもないが,実に判断能力疑問教授だと言っておこう。というのはまだ続きがあるからだ。「判断能力疑問教授」という称号は決してダテではないことがわかるだろう。以下に示す。 ご丁寧に,一般国民がこのような放射線リスクを理解できにくくしている犯人,ということで5つの要因を挙げている。これについては面倒だからスルーして,問題は二番目に挙げられた項目,(2)個人プレーをするとんでも学者か正義の味方かである。この中で,まず 代表格が、小佐古教授だろう。例の涙で、すでに有名人なので、コメントは省略。 とあるが,これはご愛敬。本命は児玉龍彦教授に噛みついている件り。菊池誠さん系と同様,陰的解法アルゴリズムで児玉氏を揶揄しているが,的外れ,というか自分では当否が判断できないくせに疑問だけ並べる,というアレである。そしてとうとう,ネット上の他の意見を御調べになったのである。その結果,発見して引用したものが,また悲惨なものであった。それは 児玉龍彦氏の発言に対する疑問 実は,このブログ記事は論評にも値しない,初歩的な間違いを基に堂々と児玉氏を批判しているシロモノである。これを安井さんは この人の知識は、児玉氏を上回っている部分があると判定した。ご一読を。 だって! このブログ記事のどこがどのようにおかしいかは次の記事で書く。そこで示すように,ホントの恥ずかしい間違いにも気がつかず,こうしてほめあげて引用するとは,かの称号もやむを得ないと納得していただけるだろう。 もちろん,その記事は炎上している。その中には初歩的な間違いを指摘したものも数多いが,そこに触れられていない間違いがあるので,次の記事で指摘してあげる。(いや,こういうシロウトさんはどういう記事を書いてもいいんだよ。しかし,そんなものを東大教授が引用するとはね!キリもキリだ) そもそも,上述した2の科学的事実,すなわち,『被曝量が100mSv以下であれば、「悪い影響はでない」と考えることが科学的に正しい判断である。』ということを否定する研究はたくさんあるのである。そういうのを無視してこのような言辞を吐くとは,もはや安井至とは学者ではない。代表的なものを挙げておく。 低線量被ばくの人体への影響について:近藤誠・慶応大 Cancer risks attributable to low doses of ionizing radiation: Assessing what we really know ところで,この環境学者,実は国連大学の副学長などエライ肩書がいくつかついているのだが,ダイオキシンについて遠山千春という人と論争をやっていたらしい。 その経緯が遠山氏のHPのサイトで公開されている。本記事を書いた行きがかり上,この論争始末記を全部読んでみた。すると案の定,負けている。安井さんが。論争だから勝負である。勝敗はなかなか見極めにくいが,最後まで読んでみると,安井さんの負けがわかる。最後の反論が見当たらない。恐らく有効な反論ができなかったに違いない。この論争でも,実に尊大な安井さんであることがわかる。 実は安井氏は市民のための環境学と称して,ダイオキシンが怖くないことを知らしめる立場のようであり,遠山氏はそういう危険性を追求する立場のようである。パピヨンは今まで,あのダイオキシン騒ぎはどうなったんだ!あんなに危険を煽っておいて!とダイオキシン危険派に怒っていた方だが,この論争を読んで考え方を変えた。市民に対して,心配することはありませんと呼びかける立場は,市民の側に立つようでいて実は国の側に立つ(市民と国=官僚システム間には,実は緊張関係にある)ことではないか,と思うようになった。 今回の放射線に対する(正当でない)リスク許容推進の立場と共通するものが見えるのである。論争を読んでも,安井さんはしきりに経産省をはじめとする”お上”を意識した立場に立っていることがはっきりとわかるのである。 ちなみに,遠山氏は現職:東京大学大学院医学系研究科教授だそうである。こちらはキリではなさそうである。 【注1】 じつはたんぽぽさんのところでちらっと見かけて,題名に惹かれて読んでみた,という経緯があります. 【注2】 そもそも,『リスクを定量的に理解する』という文の意味がよく考えるとさっぱりわからんではないか。100mSvまでリスクを取る,という意味の定量的なのか,リスクそのものの強さ,高さを定量的に理解せよと言うのか,一体何なのだ?大体,リスクの大きさ自体が数値で示されていないのだから,定量的に理解せよと言われたって,ねえ。リスクを定量的に表せよまず。 百歩譲ったらまあ,100mSV/yまで許容できるリスクと理解せよ,ということなのか?しかし,それは御用学者の基準に過ぎないだろう。一体,リスクがいくらなのか,示してみよ。 『リスクを定量的に理解する』って,まずい日本語じゃないの?
タイトル : ネットの与太記事でも援用する安井至さん
昨日の記事,トンデモリスク論を振り回す安井至さん2011年 08月 19日の続編である。安井さん【注1】の書いたこの記事 なぜ現代人は「リスク」を定量的に理解できないのか に対して,少々の矛盾点を指摘させていただいた(でも,少々ではなかったかもしれない!)。 ところで,本記事は,安井さんがその記事の中で褒めあげて援用したネット上の与太記事がいかにひどいシロモノであるかを記録するものである。その与太記事を改めて紹介しよう。 児玉龍彦氏の発言に対する疑問 ブログ名は『誇りはどこにあ......more そこで、またリスクと信頼の話になりますが、リスク管理者が自分と同じ価値観を持っているまたは自分の価値観を大切にしてくれていると感じた時、人はリスク管理者を信頼し、リスク管理の話について共通のテーブルに付けるとのことです。 政府や当局への不信が蔓延している現状ではそれは望むべくもないでしょう。 正しい情報が正しく公開されれば正しく判断できて正しく対処できるというのとまた別次元の問題です。 信頼の担保としてリスク管理者の方がが自発的に「人質」を出し及び「責任の取り方」を明確にすることで信頼度は上がるというのが、実験データでも確認されているそうです。 現状、「人質」および「責任の取り方」は具体的に何を行うことになるのか考えてみる必要がありますが。 これも先に、紹介した本の記述ですが、危険を訴える「市民団体」が意外と大衆的支持を集めないのは、市民団体もまた言いっ放しであり、大衆にとって価値観を共有できる存在と見做されていないこと、「責任の取り方」を示していないからである、という指摘は成程と思った点です。 手弁当で正しいことをやって来たのだから信頼してもらわねば困る、で通じるほど世の中は甘くないということなんでしょう。 リスクを確率論で記述しても、リスクを負わされる側にとっては自分が害を受けるか受けないかの二択しかないですよね。 そこにさらに、リスクには恐怖因子が存在していて、同じ自分が死ぬ事故でも、 原発事故>航空機事故>電車事故>自動車事故 のように恐怖の大きさが違い、自分が死ぬか死なないかのリスクでもより大きな事故に巻き込まれて死ぬリスクほど怖いと感じるようです。 人間心理の玄妙さといえましょう。 あのね,pulinさん,タイトルに同じ”リスク”という言葉が入っているからと言って便乗しないでくださいませね。 パピヨンのこの記事はあなたのコメントの趣旨と何の関係もないでしょ? 大体, 『人はリスク管理者を信頼し、リスク管理の話について共通のテーブルに付ける』 ということに異議を唱える人っているんですか? この記事の話とはずれるけどつきあいましょう。 例えば灰汁さんのような人が(例に出して失礼しますネ)山下さんや安井さんと価値観を同じくするとしたら確かに同じテーブルに着けるでしょう。しかし,彼らの出すリスク情報が灰汁さんは信頼できると思っても,真に信頼できるかどうかは別問題なわけです。 だから個人的にどうすべきかということは,リスク管理者を信頼する人もいれば信用しない人もいるでしょうが,どっちみち自分で”感じる”しかないんです。いろんなことを参考にしながらね。だから,正しい情報公開をすることがリスクを感じて行動するために一番必要だと言ってるのです。 しかし,それでもこれらのことは本記事とは関係ないんですよ。よくご覧ください。 お座敷が掛かったようなので… http://bcriding.blog36.fc2.com/blog-entry-24.html 水伝批判のころから「あちらの世界」に取り込まれて しまったようですね。 今一信頼度が低いかな?と…(^o^)/ 二番目のコメントが趣旨でした。 私も全然詳しくないのですが、「リスク学」という学問分野があって、それは確率統計学・心理学・災害学・環境学・経済学・保健医学・行政学など多岐にわたる分野を含み、真摯な研究者も多いようです。 ようするに、反対を押し切って何かを庶民に押し付けるための都合が良い理屈を作る御用学者じゃないのか、とか、結局「正しく怖がる」論だろうとか、切って捨てるだけでなく、学べるところは学ぶ必要があるのではないかと? そしてリスクが0にならないならば、対処法は、分散するか、対価を払って誰かに押し付けるしかないのも確かなので、その意味でならお金を払って安全を買うという安井至の言い分は間違っていないと思います。 「リスク学入門(全5巻)」(岩波書店) http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/3/028131+.html このような専門書にもあたって今回の災害をきっかけにじっくりリスク問題を考えてみたいと思いますが、なかなかそこまで進めていません。 放射線の危険はよく分からないですが、この値以下なら安全となる閾値なんて存在していないんでしょう。 100はもちろん危ないし0.01だから絶対安全になるとも言えない、現実的目標として1という数値になっていただけで1という数値を過信してたら危ないかもしれません、100よりは1/100安全かもしれませんが、0.01よりは100倍危険かもしれません。 >じつはたんぽぽさんのところでちらっと見かけて, たぶん、ツイッターですね。 ブログのサイドバーに現れていたんでしょう。 >http://www.yasuienv.net/WhyZeroRisk1.htm でもって、この記事は、多分に怪しかったのね。 ちらと見ただけなので、わからなかったです。 ありゃあー,安井至さんはトンデモ範疇に入れられそうになってますネ。 結局,誠実さのない,言動にいい加減な人,というこつですか。 たとえに使って済みませんでしたね。 あのね。pulinさん,同じことを言わせないで下さる? 記事と関係なく持論を開陳したければそれでもいいですが,それならそうと明言してください。記事に関係あると間違われます。 リスク学を勉強したければどうぞ。だけんど,評価するには結局,専門の寄せ集めになるでしょう。 上に書いたパピヨンの言, 『どっちみち自分で”感じる”しかないんです。いろんなことを参考にしながらね。だから,正しい情報公開をすることがリスクを感じて行動するために一番必要だと言ってるのです。』 これについて今から議論を始めてもいいですよ。 たんぽぽさん,結局,この安井至って方,とても軽いお人のようです。灰汁さんもどっかで探してくれましたヨ。 おはようございます。 現状、情報が故意に隠蔽されているのか公開されている以上の情報が実際に無いのか分りませんが、判断材料にできる情報が充分でないと感じるのもリスクの特徴のひとつです。 株取引でも投資家は相場に重大な影響を与えるかもしれない内部情報を知りえないまま判断して投資しなければならないからリスクがつきまとい、逆に内部情報を知りうる立場の者がそれを有利に使う取引はインサイダー取引として規制されています。 確率的に常に不安定のままなのがリスクの本質のようです。全ての情報が出揃えば正しく的確な判断ができると待っていたら何も行動できなくなります。判断材料が不充分でも決断して行動しなければならないのに、この点、今の政府当局も問題先送りの傾向で逃げ腰が感じられて残念です。 そこで、結論ですが、パピヨンさんのは、リスクがつきまとう状況の下でどう行動すべきかという話ではなく、リスクをリスクでなくして欲しい、Aの道を行くべきかBのの道を行くべきか、その選択により必ず正しいゴールに至る答え(または答えを暗示する情報)が欲しい、ということなのだと理解できました。 pulinさん,ここは大変貴重なコメントですぞ! >確率的に常に不安定のままなのがリスクの本質のようです これは仰る通りです。この点は実は情報公開されている場合でもそうなのです。だって,どこどこが100mSvに汚染されている,という情報がたとえ公開されていたとしても,それがリスクとして何%か,ということがたとえ数値化されていたとしても役に立ちません。 できることはただ,それを参考にして自分で感じるほかはないのです。従って,大丈夫という山下や安井の言を信じて留まるか,信用ならんとして避難するかは人それぞれでしょう。ホントは山下が正しいかもしれない。しかし,山下を嘘つきと思う人やどちらかわからんけど万一を恐れる人は避難する道を選ぶでしょ。避難したくても経済的にできない人もいるかもしれん。 ですからあなたの最後の言, 『その選択により必ず正しいゴールに至る答え(または答えを暗示する情報)が欲しい、ということなのだと理解できました。』 というのはあなたの全くの誤解です。だって,何が正しいかわからんのがリスクじゃん。記事にも書いてるでっしょ。 すべての出発点は情報公開だと言っておるのです。 ムカついているのでもう一言言いますバイ。 『その選択により必ず正しいゴールに至る答え(または答えを暗示する情報)が欲しい、ということなのだと理解できました。』 何でこんな理解になるのか不思議でたまらん。手を変え品を変え,同じことを繰り返す癖がおありになりますな。pulinさんは。思ったより自分の言に固執するタイプでしたな。 原発周辺、長期間住めないと判断…首相陳謝へ http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110820-00000928-yom-pol アレは本気で辞めるようですね、辞めるから もうどうでもいいと言う事ですか。 だから素直に情報公開しますと…(怒 世論を恐れる事なく長期間住めないと言えなかったヘタレ。 余計に被災者を傷つけて、安全と言って無駄に 実害を与えただけ。 アレ「ボキのせいじゃないのれすトウデンガージミンガー ケイサンショーガーカイエダガーボキいがいみんなわるいのれす」 (^o^)/ thatは辞める気のない時に言えば,辞めろコールが高くなることを恐れたとですバイね。 その結果,すでに取り返しのつかんくなった被害を被った人がいることが罪深いこつです。 thatの脱原発のポーズを見て,それだけで支持した人たちはこういうディテール(悪業)を切り捨てているわけで,経済優先の大局から原発推進する人間たちとメンタリティはさほど変わらんというこつになりますな。 >自分で判断しきれずどう行動して良いか分らないときは結局信頼できる誰かに任せてしうのが早道だったりしますよ。それが政治だったり。 これには何の反論もありませんですよ,はい。出来ない人はそれしかないですな。 小沢はたぶん,来年出るでしょう。どうせなら小沢が裁判が終わるまで菅はもう少し粘らんかい!! ”反証できない”というのは、それほど立派なことかなぁ? ”反証可能性もない”=”インチキ”の十分な根拠となるのだけれどなぁ? 福島の放射能のリスクを示してみろ!というのであれば、 ********************** 質問:「よく、低線量被曝のリスクは分からないと言われる。自分は問われると、子どもが1mSvの被曝を受けると、損失余命が1.4日だと答える。このような答え方をどう思うか」。 東京医療保険大学の伴信彦教授の回答は、かなりはっきりしたものだった。 伴氏:「分からないのではなない。いくら分かろうとしても、分からないぐらい小さいので、その大きさを決めることができないのだ」。 これは、本HPでもしばしば言っているように、現代の科学をもってしても、いかなることについても「それが無いこと」の証明はできない、をより明確かつ定量的に述べたものだと言える。 http://www.yasuienv.net/FukushimaDialog.htm ********************** これで十分じゃないかな??? 初めの2行,”反証できない”という・・・,”反証可能性もない”=”インチキ”の・・・は何に対して言ってるのか全く理解不可能。 でもって,伴なる人物の言。 『損失余命が1.4日だと答える。このような答え方をどう思うか』 まったく頭の悪い答え方,というしかありません。 『1億回に一回弾の出るロシアンルーレット,1万回に一回弾の出るロシアンルーレットを毎日1回やるように神様が命じた』 と答えたらどうでしょう?え?1万分の一か10万分の一かわからないって?そりゃ疫学なんかでやろうとするからでしょ?そもそもこれまで例のない事態には適用できないんだから。 遺伝子レベルの分子化学反応シミュレーションなんかでやれば結構なことが分かるんじゃないかな?どの分子がどのタイミングで放射線と遭遇するか,その修復機能がどのタイミングで働き出すか,そういうのはきっと確率的現象でしょう。モンテカルロシミュレーションなんか使ったらどうでしょうか?伴さま。 『いかなることについても「それが無いこと」の証明はできない』ことはないと思いますよ。問題によってはできるでしょう。水伝反応なんかもその一つ。 >http://www.yasuienv.net/FukushimaDialog.htm
何かと思ったら御用学者たちの安全キャンペーンか。 全く頭の悪い答え方はこちらもでしたな。(こちらが伴さん) 伴氏:「分からないのではなない。いくら分かろうとしても、分からないぐらい小さいので、その大きさを決めることができないのだ」。 なんと,『分からないのではない→その大きさを決めることができない(だけな)のだ』→『大きさは小さいけれどもある(んだが)』と言ったことになるじゃん! 言い方に腐心するあまり,このような無意味な言辞を弄することになる。御用学者の『御用』へ忠義立てするメンタリティとは不思議なものだ。 なお,上のコメで,『水伝反応』がウソであることを証明できるということは,シロウトを納得させられる,という意味ではありませんので。 仮に素人が納得できなくても,証明は完璧ということが多いでしょう。 |

