アルバイシンの丘
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随想や意見,俳句(もどき)

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最高裁にこそ裁判員を!(3)
  5.日弁連の偽善

 どうして裁判員制度のようなものが日の目を見るようになったのかといえば,何と信じられないことにあの日弁連の「おかげ」なのだそうだ。シリーズ記事(1)にも引いた以下のサイトからそれを知ることができる。

 裁判員制度 ここが問題!
 日弁連が推進 何故?
 その経緯



 上を見るとわかるように,あの中坊公平さんが重要な役割を果たしている。注目されることは,裁判員制度のそもそもの発端は,法曹人口の増員策にあったらしいこと。これだと弁護士側は人数が増えて困るのだった。つまり,要約すると以下のようなストーリーになるらしい。

 検察サイドが若い人の検察志望者が少ないことに危機感を募らせた所から話が始まり,増員策を法曹三者で協議した。弁護士側しては,弁護士が増えすぎたら営業の旨味・特権が薄まってしまうから重大事である。そこで,それに抵抗することが当初の姿勢であった(パピヨンの解釈)。しかし,正論(法曹人口を増やすということは必要だと思う)に次第に押し切られ,とうとう司法試験の合格者を増やす改定がなされたのである。これは弁護士サイドからすると改悪であろうし,そうでなくてもロースクール制度というおかしなシステムが導入されてしまった。
 これで面目が保てなくなった日弁連執行部は,その代わりに予ねて要求していた陪審員制度の実現を勝ち取って面子を保とうとしたのである。しかし,それさえも裁判員制度という似ても似つかぬものに変質させられたのであったが,面子を保つためにそれを成果として推進せざるを得なくなった。

 とまあ,こういう風に,パピヨンには読めた。この中には一面的な見方もある程度は含まれているであろうが,大筋では外れていないのではないか?(だって,この記事で書くような論理的におかしい制度を導入する試み自体が,特殊な事情を抱えているとしか考えられないからだ。読者の判断はいかが?)

 ならば,検察・裁判所側はなぜ裁判員制度をやりたがったのか,これは同床異夢の成果が得られた結果なのだと思う。検察の立証努力は軽減されるし,裁判所も簡素化=手抜きができる。

 人権の砦としての日弁連はもはや耐震設計をやり直す時期に来ているようだ。

 6.国民主権を言うなら

 市民感覚が真に必要なものは他にたくさんある。裁判員制度をやるくらいなら,こちらの方がよほど市民参加制度の創設が必要だ,という意味でここに列記して,市民感覚を取り入れた制度を想像してみよう。
 ・弁護活動と市民参加
 裁判における弁護士の役割は大きい。しかし,弁護活動をする権利は弁護士資格を有する者にしかない。つまり,弁護士は特権集団であって,弁護活動は治外法権的な既得権益に守られた事業といえる。(だからこそ,国家権力と対峙する時には千軍万馬の力強い味方=拠り所となれる)。しかし反面において,弁護士界では市民感覚では理解できない異常な活動が堂々と罷り通るのである。
 尤も,素人の法律知識は乏しく,判例も知っちゃいない。したがって,弁護士に依頼しなければ自分が損だということは当然ありうる。しかし,法律知識は豊富で判例もよく知っている素人もいるかもしれない。弁護を依頼するのは依頼人の任意で選択できるようにするだけでよい。
 それだと問題は弁護士のなり手がいなくなるという心配が出てくる。弁護士は今でも数は不十分であると思う。それで,弁護士は公職・公務員とするのである。つまり,検察官と同格身分の弁護官を創設するのだ。ただし,弁護官ともなると国家権力側となってしまう可能性はあるが,裁判官だって特別公務員である。裁判官は被告と原告との間に立った厳正中立の立場,弁護官は被告の立場,という違いがあるが,これが可能かも知れないと思われるのは,弁護官の立場として雛形がありそうだからである。すなわち,はるか昔の大学教授のようなイメージが参考となろう。
 弁護官なんて実に荒唐無稽だと思われるだろうか?だったら,裁判員てのもこれと同程度の荒唐無稽さを感じないか?

 ・検察と市民参加
 起訴や不起訴に関しては,検察の一存で決められる。そして,その決定がおかしいことにはしょっちゅう遭遇する。したがって,ここにも市民感覚が必要である。
 それから,取調べにも市民参加だ!そうすれば冤罪は今の千分の一ぐらいに少なくなる。
 これだって,捜査権というのは何より権力側の最大の武器である,これに市民参加なんて,実に荒唐無稽であると感じるだろうか?だったら,裁判員てのもこれと同程度の荒唐無稽さを感じないか?
 
 ・最高裁と市民参加
 市民感覚が最も欠けているのは,実は最高裁だったりする。各種の最高裁判断で,日本国憲法の精神に照らしておかしいものはたくさんあった(ある)。そして違憲立法審査権を自ら封印し,時の行政の為すがままにさせてわが国を人権後進国にしてしまった責任はきわめて大きい。軍部に屈した過去を見るまでもなく,最高裁は国民の人権の砦となる覚悟はない。そういう信用もおくわけにはいかない。
 しかし,それでも最高裁には司法独立を高らかに謳いあげた日本国憲法の精神に基づいて,適切な判断をして欲しいのである。市民感覚ではなく,崇高な判断,それを求めるのである。その判断を行う専門家集団,それが最高裁,その集団はその下した判断に歴史的な責任を持つ,無記名ではなく個人名を懸けての判断である。そして,この精神は下級裁判所にも当然継承される。
 裁判員制度はこの精神をどぶに捨てるもの。個人名を懸けた判断の責任をうやむやにする,いわばアリバイ作りに他ならない。

 それなのにどうしてもやると言うのであれば,最高裁判断にも市民を入れよ。最高裁に市民参加なんて,実に荒唐無稽であると感じるだろうか?だったら,裁判員てのもこれと同程度の荒唐無稽さを感じないか?

 ついでに言っておこう。最高裁判事に行政出身者や検察出身者(つまり,霞ヶ関官僚)もよくなるが,これは裁判の独立性からしてきわめて疑問である。インサイダーそのものではないか。

 ・国会と市民参加
 裁判員制度の不合理さを言うなら,論理的には国会に市民参加させよ,という不合理さと同等である。もとより国会は選挙で選ばれた代議士達が,我々市民に代わって議論を尽くし,必要な法律を作っていくところである。しかし,現実にはどうか。全く市民感覚を離れた決定が次々と為され,あるいは必要な法律がちっとも作られない。
 ここにも市民感覚が必要なのは明らかである。しかし,論理的には明らかにおかしい。そういう役目の人を選挙で選んでいるのだから。とすれば,裁判員制度も全く同様ではないか。そういう役目の人を憲法が保障し,内閣で指名または認証するのだから。

 もう少し続けます。
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by papillon9999 | 2009-08-23 15:51 | Comments(0)