アルバイシンの丘
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随想や意見,俳句(もどき)

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最高裁にこそ裁判員を!(2)
 3.被害者の落ち度とプライバシー

 たんぽぽさんの記事で知ったのだけど,性犯罪事件の裁判も裁判員制度の対象となるということで,強い反対論が起こった。これで裁判員裁判自体も実施不能だな,と思ったほどだったが,最高裁は大あわてで不都合な部分を糊塗した対策をまとめ,これで乗り切るつもりのようである。



 しかし,性犯罪事件でなくとも,被害者(被告ではなく被害者!)の人格やプライバシーは滅茶苦茶になるだろう。このことは裁判員裁判でなくても多かれ少なかれ生じることである。とにかく,被害者の落ち度がもしあるとすれば,それを正確に評価しなければ不当に重い量刑となるわけで,一種の冤罪と言うべきものとなる。
 ところが,裁判員裁判ではそれが不当にひどくなると考えられる。なぜなら,裁判員裁判では印象操作がきわめて重要となるからである。つまり,『市民感覚』とやらに訴えるためには被害者の落ち度を攻める戦術が最も効果的だからである。
 これに対し,プロの裁判官にはそういう印象操作に惑わされず,事件の本質を見誤ることのないことが強く要請され,概念上はそれを満たしているはずのものである。そういうものを国民は求め,専門員として高い地位を認め,強い尊敬をもって遇したのである。裁判員裁判はそれの否定であり,プロの裁判官からはその高い地位を剥奪しなければならない,そういう性質を持った制度なのである。
 念のためであるが,裁判官にそれが期待できないから裁判員制度が必要なのだ,という議論は本末転倒している。そういう裁判官は単に不適格なのであり,裁判員の導入などではなく裁判官の資質向上を以って解決すべきことである。そもそも,一般市民の(裁判員になる)資質向上など不可能。全国民からランダムに選ばれるのだから,全国民を裁判のために教育しなければならなくなる。
 それとも,一個の人間に,そういう裁判官みたいな仕事はそもそも無理だ,ということなのだろうか?それなら話はわかる。そういう人間を超えた役目を与えられる裁判官というものをなくそうという動きなら,話としてはわかる。しかし,話はそうではない。高等裁判所や最高裁は依然としてもったいぶった権威を以って国民の上に立っている
 繰り返すが,被害者に落ち度があればそれは正確に評価しなければならない。しかし,真実では落ち度が全くない場合でも,それはわからないことが多いこともあって,落ち度があるかのごとく裁判戦術は採られるはずである。さらには被害者の人物像を描くため,事件とは全く直接の関係がないことを『なりふり構わず』暴くことにもなるだろう。これは二重被害,二次加害そのものである。二重被害,二次加害が許されないのは性犯罪事件でなくとも同じでなければならない。 

 4.『市民感覚』の陥穽

 馬鹿の一つ覚えのように繰り返される『市民感覚』。果たして,市民感覚とはそれ自体『善』なのだろうか?すでに上に書いたごとく,市民感覚に取り入るための最も効果的な戦術は『被害者にも何か落ち度があったらしい』とする印象を与え,操作することである。
 一言で言えば,『市民感覚』とは『俗情』の代名詞であることが多いと思う。いわば,裁判員裁判とは裁判を俗情に委ねるということにほかならないのではないだろうか。この俗情の怖さを記事にしたものがささやかながら拙記事にある。(最も怖いのは隣組
 一般国民は当然ながら犯罪の経験のある人のほうが少ない。だから犯罪を犯さざるを得なくなるまで追い詰められた心情を理解するには質の良い想像力を必要とする。犯罪に走ってしまった人の心中よりは被害者の悔しさに同調しやすいはずで,被害を受けた立場の想像は容易だと言えるだろう。すると,どういうことになるか。自然と犯罪を犯した側に厳しい見方をすることが多くなることが予測できるのである。
 パピヨンはどちらかといえば犯罪加害者に厳しい見方をすることが多い。たとえば光市事件など犯人に対する安易な同情とその裏返したる被害者・遺族への反感が非常に気に入らない。そういうパピヨンでさえ,被告・犯人への厳しい眼を危惧してしまう。
 いくら状況証拠では真っ黒の殺人犯でも,証拠不十分であれば無罪放免しなければならない。不当捜査があればいくら証拠が明らかであっても無罪放免しなければならない。いくら市民が死刑にせよと暴動を起こしても,できない場合はできない。ちょうど,小村寿太郎がポーツマス条約において国民大不満の内容でも合意せざるを得なかったのと似ている。
 これくらいはいくら市民の俗情であってもわかりそうなものであるが,非常に心配な点がある。たとえば松本サリン事件の河野さんのような事例が有る。市民の俗情はムードに支配されやすいことを忘れてはならない。

 それからもう一つ,『わかりやすい説明』と言うことが強調される。市民が理解できるようにわかりやすさが必要で,その結果,裁判がわかりやすくなる,裁判が市民により身近になって万歳,というわけだ。
 しかし,事情は複雑なはずである。犯罪を巡る事情は少しずつ積み重なったものであろうから,そういうものを一言でいうことはできない。そして或る特定のことだけを抜き出すわけにはいかない。そういうものを限られた時間で『わかりやすく』市民の俗情に届けなくてはならないのだ。これは頗る困難なことで,裁判員裁判はきわめて『わかりやすい』判断のみに支配されるようになるだろう。
 そもそもわかりやすさに至上価値を認めること自体,学習効果が全く生かされてないことになる。小泉のわかりやすさがどんな取り返しのつかない結果を招いたかを思い出すだけで十分だろう。
 
 再び言おう。国は個々の国民のあるべき運命には関心がない。正しい量刑を苦心して決める,苦心して正義を実現しようとする努力を放棄したのである。自分達の運命は自分達で納得のいくように決めよ,ということである。それが最高裁や日弁連のいう『国民主権』の本質的な意味である。

 この項もまた長くなってしまったので,稿を改めてもう少し続けます。
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by papillon9999 | 2009-08-15 23:47 | Trackback | Comments(1)
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Commented by papillon9999 at 2009-08-16 22:01
「市民感覚」の負の側面を強調した記事があったことを追加しました。
いわく,『最も怖いのは隣組(日の丸・君が代問題)』です。